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第84話

「お前が! お前がやったんだろう!」  血走った眼で父が言う。彼の暴力は、断罪なのだ。それも当然で、彼は愛する妻の忘れ形見を、自分の娘を殺されかけたと思っているのだから。  父の中では、アンリが裁かれるべき悪になっていた。裁きとばかりに背中が踏まれる。痛い、止めてと言えたらどれだけ良かっただろう。実際は、滑稽な呻き声が漏れるばかりだった。 「ずっと嫉妬していたんだろう! 同じオメガなのに、自分が選ばれないから、頭にきたんだろう! ずっと君が悪かった! ミレーヌとしか話さなかったのは、いつか亡き者にできる日を狙ってのことだったんだろう!」  違う。確かに、アンリは最初の頃、姉を羨ましく思っていた。妬んでいたと言ってもいい。しかし、遠すぎる相手には、やがて嫉妬する意味すら見出せなくなった。  アンリにとって、ミレーヌは憧れの存在以外の、何でもなかったのに。 「俺は……ただ……姉さんに、幸せになってほしくて……っ」  だから、木の実も頼まれた通りに摘みにいっただけなんだ。

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