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第85話

 呟くような声は、殴る音に掻き消された。父は馬乗りになり、何度も頬を打ってくる。 「もう証拠はあがってるんだ! 毒の実を持ったお前を見たという者が何人もいるんだぞ! それに、それに、本当にミレーヌを想うなら、彼女の安否を尋ねるのが先じゃないのか!?」  確かにそうだ。父の言うことは、ひどく正しい。しかし、殴られた頬がじくじくと痛んで、苦痛から早く逃れたいという気持ちに頭が塗り潰されていく。そんな自分は、自分で思っていた以上に、冷酷な人間なのかもしれない  誰だろう。誰が、俺は毒の実を姉に食べさせようとしていた、なんて言ったんだろう。木の実を採るところを見ていたのは、使用人の女性。それと―― 「……母さん」  助けて。俺は姉さんを殺そうとしていないって言って。信じて。  しかし聞こえてきた母の声は甲高く、何かを喚き続けていた。  こんなに恐ろしい子だなんて思ってなかったの!  この子は疫病神よ! 私だって、この子のせいで家を追い出されたわ!  薄れゆく景色の中で、母の喚き声と、息を切らした父の怒鳴り声が重なる。  地下牢に閉じ込めておけ。アーベル家は随分と古風な家だ。醜聞があったなどと、決して知られてはならない。

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