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第86話
目を覚ました時、アンリは闇の中にいた。痛みで、熱で、身体が上手く動かない。息を吸うと、埃っぽい空気にむせそうになる。
硬い背中の感触から、本当に牢へと閉じ込められたのだと悟った。
痛みで呻いている間に、どれだけの時間が経ったのだろう。食事が届けられたが、具の無いスープ一皿だけだった。最低限、生かしておけばいい程度の食事。本来であれば、今、自分は姉の焼いたケーキを食べていたのだろうか。
差し入れたのは、あの時、厨房の前で見張りをしていた使用人だった。
彼女は、あの時寡黙だったのが嘘のように話しかけてくる。
「他の子が届けたがらなかったんです。義理の姉を毒殺しようとした坊ちゃんのところになんか、怖くて来られないんでしょうね」
「……違う」
自分はやってない。アンリはそう叫びたかったのに、上手く言葉にできなかった。空気の漏れる音とともにかろうじて出たのは、否定の一語だけ。
「……貴方は、義理の姉の容態より、自分の今後を心配しているんですか」
蔑んだ目を向けられた。本当に自分が酷い人間になったかのような感覚に陥る。実際、酷いのだろう。アンリは今の自分の状況しか見えていない。そして、目をこらしても暗闇ばかりが広がるこの場所では、自分の今後が怖くて仕方がない。
そんな自分だから、罰だとばかりに、こんな目にあっているのだろうか。
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