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第94話
「はぁ……はぁ……っ」
寒空の中、足を止め、肺も凍りつくような冷気を吸い込む。むせているとも、自嘲ともとれる息を吐き出した。
アンリが初めて森に来た日、自分は姉にまで疑われていたのだと知った。
もしかしたら、その疑いは、心の隙間にわずかに入り込んだだけの、小さなひと欠片だったのかもしれない。それでも、僅かでも疑いがあるのなら、その関係は信頼ではないのだろう。水の中に一滴でも絵具を垂らせば、淡く色がつくように。
そんな姉に、アンリは落胆していた。ショックを受けていた。
しかし、今の彼は、もっとひどい状態だった。真水に一滴の色が垂らされたどころか、もう心はぐちゃぐちゃだった。
「……っ!」
ずっと走り続けて来た中で急に止まり、また走り出そうとしたからだろう。足がもつれて、前に転んだ。自分の脚に引っかかるという間抜けぶりがおかしくて、嗤った。
自分は、どこに向かって走っていたのだろう。何も気にせず、周りもろくに見えていなかった。それでも、アンリが今いるのは、見覚えのある景色だった。
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