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第95話
このまま真っ直ぐ進めば、崖がある。
木々の密集が急に途切れ、道が開けるのだ。崖下を覗きこめば、そこにはまた森が広がっている。その高さは、ひとめ見ただけで、落ちたら助からないことが分かるものだった。
この先は行きどまりだ。そうと分かっていても、アンリはまっすぐ進んだ。分かっていたからこそ、かもしれない。
開けた先は、以前来た時に比べて、少しあれていた。冬に入ったせいだろうか。木々の枝には葉が茂ってはおらず、枯れていないのか疑わしかった。冬の澄んだ青空と、無機物のように見える自然の対比は、壮大を通り越して滑稽にすら見えた。
夢中になって走っていたけれど、まだ昼だ。もっと言えば、昼と夕方の狭間。空は驚くほど青く、眩しく、美しかった。
こんな日に全てを終わらせることができたら、どれほど気持ちいいだろう。
以前も、アンリは同じ気持ちでこの場所に立った。
姉はいつか迎えに来ると言っていたが、何日経っても、森の奥の小屋に誰かが訪れることはなかった。一週間が過ぎ、一か月が過ぎたところで、見捨てられたのだと思った。もしくは、体よく厄介払いされたか、だ。
だったら、何もこんな古びた小屋に留まる必要はない。逃げてしまえばいい。その日、アンリは初めて小屋の外に出て、森を見て回った。薄暗い森は、逃げる場所などどこにもないと、アンリに告げているようだった。広く、どちらに進めばいいか分からず、そしてどこまで進んだところで、自分が見捨てられたという事実は変わらない。
ならばいっそ、自分が消えればいいんじゃないか。
そう思ったら、急に視界が開け、崖が見えたのだ。
それ以降、アンリは小屋からこの崖までの道のりを忘れたことはなかった。
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