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第120話

「あの子はまだ家の方にいるわ」と彼女は言った。そういう姉さんはどうしてここに……とは、聞きたくても聞けなかった。  今は二人、寝台の横に設置された小さな椅子に、テーブルを挟んで座っているが、何を話せばいいのか分からなかった。過去に何を話していたのかも思い出せない。一匹だけ、堂々とテーブルの上に鎮座したリスは、姉に頭を撫でられご満悦だった。 「……ずっと、謝りたかったの」  どれだけ沈黙が続いた痕だろうか、姉は俯いて口を開いた。 「貴方を迎えに行くと言ったのに、行けなかったこと」 「仕方がないよ。嫁ぐ準備も、嫁いだ後も忙しかっただろうし……義父さんの目も、厳しかっただろうから」 「ううん。それだけじゃないわ。……貴方の話を、貴方の言葉をちゃんと聞けばよかった。自分勝手な判断で、小さな貴方を、あんな森の奥に押しやって……逃げるように、置いてきてしまった」  しかし、姉がそうしなければ、アンリはとうの昔に地下牢へ幽閉され、一生陽の光を浴びることはできなかった。姉も、婚約の話をなかったことにされていただろう。

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