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第121話
「貴方には合わせる顔がないと思ってたの。でもね、あの子が……息子が、旅立つ前に私に言ったのよ」
――もし、俺があの人を見つけて、あの人が母様に会いたがっているようなら、会ってほしい。
「あの人の望みを叶えることが、自分の喜びなんだって。私はこうして、彼が貴方を見つけたと聞いて、貴方の気持ちも考えずに来てしまったけれど……どうしても謝りたかったのよ。ごめんなさい……なんて言っても、許してもらえないわよね」
「許すも許さないもないよ。あれはただの不幸な事故だった……今は、そう思ってる」
「でも、そう思うまで時間がかかったでしょう? ずっと独りきりで……まだ十歳を少し過ぎただけの子どもには、寂しくて仕方がない場所なのに……」
「寂しいかどうかは……考えなかったし、彼が来てからは、退屈してない。彼がどうして、俺にそこまでしてくれたのかは分からないけど」
「もうぞっこんだったのよ」
「それは……病弱だったから、彼の世界が狭かったのかもしれないし……」
そして、それはアンリ自身にも言えることだった。互いに互いしか見えていないから、好きになったんじゃないだろうか。旅を終えて彼が社交界に出るようになれば、アンリ以外にも惹かれる人ができるのかもしれない。
「……それは、私も同じことだわ。貴族の結婚だって、決められた候補の中から選ばれた二人に過ぎないもの。運命の番に出会えるのは、ほんの一握り……たいていのアルファとオメガは、身近な人と結ばれるのよ」
そして、彼女の声に後悔の色は滲んではいなかった。
「それでも、私は今の夫を愛しているし……あの子もそうなの。だから、もしアンリがあの子のことを好きなら、伝えてあげて。きっと……いいえ、絶対喜ぶもの」
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