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第123話
彼女は、ミレーヌのことが好きで好きで仕方がなかった。しかし、姉は別の使用人を連れて嫁ぐという。結婚を理由に彼女に仕えられなくなることに、彼女が離れていってしまうことに耐えられなかったという。ほぼ賭けのような気持ちだった。毒物を置いて、あの弟が間違えてとってくるかどうか。間違えなければそこまでだと、自分から動くつもりはなかった。そして、弟が持ってきた実が毒であると知りながら、姉に手渡した。
「彼女は今……結婚して、穏やかに暮らしているそうよ。あの子はそれを突き止めて、話を聞きに行っただけ。あの日、貴方は何をしていたんですかって」
彼女はひとり、幸せになった。時間は流れ、ミレーヌへの執着も薄れた。あの時は叶わぬ想いに頭がおかしくなっていたのだと、冷静に考えるようになった。
しかし、後悔と罪悪感は、どうしても頭の中から離れなかった。幼い息子と遊ぶ傍らで、母となった彼女は考える。自分が人生を滅茶苦茶にしてしまった、あの少年のことを。ちょうどそこに、あの時の彼と、そして自分の子どもと同じ年頃の子どもがやってきた。かつて好きだった女性と共に。彼女は、このままひとりだけ幸せでいていいはずがないと、罪を突き付けられるような心地がしたという。
「彼女は泣きながら、あの日のことを話してくれたの」
姉は、彼女が住んでいる地名を教えてくれた。アンリは土地のことに詳しくない、それでも、その町の名は聞いたことがあるような気がした。レオンと二人、馬車が来るのを待っていた町の名前と、同じではなかっただろうか。砂糖を持ってきてくれる青年は、母に頼まれたということを言っていなかったか。もしかしたら、その母は――いや、今考えても仕方がないことだ。
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