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第128話
二人きりになれたのは、馬車での短い旅路以来だった。
「……疲れた」
さすがのレオンも、そりの合わない父親と真正面から話し合って気が滅入っているらしい。正面から抱きついてきたかと思えば、首筋に顔を埋められた。
いつもなら、匂いを嗅がれているようで落ち着かないが、こんな自分でも癒やしになれるのならと、アンリは彼の背中に手を回し、そろりと撫でた。すると余計に体重をかけられる。犬は飼ったことがないので分からないが、大型犬に懐かれるとこんな感じなのだろうか。
体重をかけられたことで、後ろのベッドに二人して倒れる。目が合うと、彼はいつになく真剣な眼差しをしていた。
「家には帰らない。貴族のアルファとしてどこかに婿入りするつもりもないと、はっきりと伝えてきた。これでようやく、君に伝えられる」
「うん」
「君さえよければ――」
番になってくれ。そう続くとアンリは思っていたが、先の言葉は違っていた。
「どうか、俺と世界を旅してほしい」
彼と番になった後のことを、アンリも考えなかったわけではない。しかし、それはすべて、二人で森で暮らす想像ばかりだった。
「旅をしながら、俺はずっと絵を描いていた。すると気づくんだ。世界には美しい景色が数多く存在する。それを描くのが、心の底から他の仕方。そして君に会って……新しい夢ができた」
レオンの夢は、世界を巡り、美しく輝く景色と、その中央にいるアンリの笑顔を描くことだった。
「家と話をつけたら、真っ先に君に話そうと思っていた」
アンリが想像していたよりも、かなり壮大な話になっている。しばらく返事ができないでいた。
「……嫌だっただろうか」
「ううん、嫌じゃない」
それでも、不安がないと言ってしまえば嘘になる。
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