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第131話
部屋から出ずに、ずっと二人きりで過ごした。じゃれあい、たまの気まぐれにキスをする。宿に備えつけられていたガウンは着たまま。脱がなかったのは、恥ずかしいからだ。
発情期は、しばらくして予定より早めにやって来た。以前聞いたことがある。相性の良いアルファがいると、逃がしてはならないという本能から、予定より早く初陽気が来るのだと。
「あんたが隣にいて、よかった……」
熱に浮かされるようにして、アンリは呟いた。初めて発情期を迎えた日のことは、記憶にずっと残っている。森の奥で独り、自分を慰めることしかできなかった。
「ヒートの時、誰も隣にいいないと、辛いだろう」
「うん……泣きながら、早く過ぎ去れって思ってた」
知識はあったから、戸惑うことはなかった。しかし当然、心細さはある。そしてそれ以上に、自分はこれからずっと独りでこの熱を持て余していくんだという現実を突き付けられたのが辛かった。誰とも番う予定なんてないのに。オメガとしての本能など、もういらないのに。泣きながら、昂る身体を慰め続けた。
「でも、今はあんたがいるから」
心細くもないし、虚しさもない。
「大切にする」
もう二度と虚しくなんてならないように、自分に夢中にさせる。彼の言葉には、一言以上の意味が込められているような気がした。
「……経験ないくせに」
ただの照れ隠しで呟いた。未経験は、今まで彼が自分だけを見て、追い求めてくれた証拠で、本当は嬉しいくせに。
「お互い様だ。それに、経験はないが知識はうんざりするほど仕入れてきた」
まだじゃれあっている間は、知らなかった。彼が抱いていた、初恋の執着というものを。
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