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第32話 権利1
中庭の真ん中には、立派な薔薇園がある。
ガラス張りの温室の中では、一年中、アリサの大好きな大輪の薔薇の花が見られる、贅を尽くしたものだった。
「ここまできたら、誰の目もないな……」
ララの手を取って駆けてきたハルが辺りを見回すが、人の気配はなかった。ここでなら、張らなくていい意地を張る必要もない、と思ったのだが。
「誰の目もないところで、いったい何をするつもりだ、ハル?」
薔薇園の奥から、聞き慣れた声がして、静寂を看破した。
「お父さん……っ」
アールグレイの三つ揃えを着た不惑の紳士が鋏を持ったまま、薔薇園の奥まった影から出てきて、ハルの前に立った。この薔薇園は、かつて父からアリサに譲渡されたものだということを忘れていたハルは、父に一瞥されただけで、いつもの向こう気の強さが引っ込み、喉を絞められたような気がして、うまく声を発することができなくなった。
「お前がお茶会などという馬鹿げた遊戯をしていると聞いて、わたしがどれだけ失望したか、わかるか? ハル」
「……申し訳ありません、お父さん」
「お前がこの家に連れてこなければならないのは、優秀なアルファだ。それとも、そこで手を繋いでいるのが、そうなのか?」
「いえ……違います、お父さん。でも、学業は順調ですし、必ず卒業までにはガーディナー家に相応しいアルファを見つけて、連れてきてみせます」
ハルは腹の底が冷えていくのを感じながら、精一杯できる限りの抵抗を試みた。父とは昔から、専制君主的な関係しか築けていなかった。前世で失敗した親子関係をそのまま反映したような今世での父子の関係を、ハルはまるで魂に刻まれた烙印のように感じていた。
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