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第49話 夜の訪問者7

「ハル……?」  ハルの気配の変化を察知したのだろう。ウィリスが顔を上げる。ハルは恥ずかしくなり、顔を背けてウィリスの胸板を手で押した。 「き、きみが、っ」  涙に気づかれてしまう。そう思った途端に、羞恥心が湧いてきた。 「きみが、っする、から……っ」  泣いているのを悟られただろうか。その前にウィリスから距離を取ろうと腰を上げると、二の腕を掴まれて引き戻される。  すると今度はウィリスの膝の上に乗せられた。 「悪かった。からかうつもりはなかったんだ。ただ俺は、お前にも、ちゃんと安らげる場所をつくってやりたい」  甘い言葉、甘い愛撫ともいえない接着。  ハルはどうにか体勢を立て直そうとしたが、一度緩んでしまったタガを元に戻すことはできなかった。  転生前記憶に気づいてからずっと、張り詰めていた心がほどける。転生前記憶を持ったまま、自己正当化を繰り返す醜い自分から、距離を取りたいともがいていた自分の小ささを、ハルは思い出した。 「あ、たり前、だ。きみが、変なことを言うからで、これはただの……っ食塩水だ……!」  哀しいからとか、嬉しいからとか、そういう涙では断じてない。ただ、それでも誰かに抱きしめられると、どこかむず痒いような、心の中に灯りがともるような、不思議な気持ちになる。受け止められたと感じるからだ、とその時になってハルは思った。  同時に、ウィリスはハルの苦し紛れの発言がツボにハマったらしく、しおらしい表情のまま「食塩水……っ」と吹き出した。それが気に入らなくて、ハルは火照った頬を隠すこともせず、ウィリスに詰め寄った。

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