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第50話 夜の訪問者8
「わ、笑うな!」
「悪い……っいや、本当に悪かった。揶揄うつもりはなかったんだ。俺の本当の気持ちだ。お前が好きだよ、俺は」
ひとしきり笑ったあとで、ウィリスに言われ、ハルは返す言葉が見つからず、またそっぽを向くことしかできなかった。
「べ、別に……きみが望むなら、つがい候補のアルファのリストの端っこに、入れてやらなくもない」
「ぜひ上の方に入れてくれ」
「そんなことできるか。気のない者を上位にしても、どうせ候補から外れるなら無意味……」
「ハル」
その時になって気づいた。
さっきから、目が合っているのに、いつもならうるさいほどに開くはずのダイアログが出ない。
代わりに、ウィリスの声が、仕草が、まるで見たこともないような色を孕んで、ハルに向けられている気がする。
「何……?」
もっと聞いていたい、と思った。
ウィリスの声を、もっと近くで。いつまでもこうして話していたい。離れ難い気持ちを抱いたまま、ハルはウィリスに努めて冷静であることを示そうとして、首を傾けた。
「正直に告白しちまうと、最初はお前のことをろくでもない奴だと思ってた。だが、お前はそれほどろくでもなくない。ものを知らないだけで、心根はまっすぐだ。口は悪いが」
「それ褒めてるのか?」
「褒めている。……ハル」
ウィリスが再びハルの名前を呼ぶと、もわん、とその声が脳内で弾けた。
(……?)
微細な変化に気づいたハルが、数度瞬きして視線を上げると、眼前に金色の輝きが広がった。
「──……」
その刹那、唇に暖かいものが触れた。
目を閉じていなかったので、何が起こったかわかった。同時になぜこんなことになっているのか、心がついていかない。嫌悪を感じることなく、そうされて嬉しいのは、初めてだった。
(心地いい)
何をおいても、素直にそう思ってしまう。ウィリスからの口づけは甘く、静かにそれを受け取ったハルは、少し恍惚とした気分になった。
だからかもしれない。
ハルが自身の身体の変化に気づくのが遅れたのは。
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