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第63話 羨望と憧憬と1

 その発情期を境に、ハルはより用心深くなった。  今までが明け透けすぎるほど隙だらけだったことを再確認するのは愉快なことではなかったが、アルファばかりが通う学院に、前例があるとはいえオメガがひとりで入ってくることがどういうことか、捉え直してみると、無謀な挑戦と言えた。  周囲から思わしげな視線を投げられ、注目される気配が常に付きまとう。よくも今まで能天気にやってこれたなと思ったものだが、ガーディナー家の跡取り息子に下手に手を出したら、火傷だけでは済まないというアルファ独特の理性と計算が一種の均衡状態を作り出していたせいで、ハルは無事だったようだ。  学業に復帰したハルに、ララだけはフェロモンの影響を受けづらいベータらしく、素直に接してくれるのが、救いだった。 「ハル、まだ少し体調が優れないのでは?」  教科の合間の移動時間に、ララが声をかけてくる。名前を呼び捨てにする権利をやってから、ハルはララとともに行動することが増えた。懐かれているな、と思いながら、その分、頻出するキスを問うダイアログを、今のところ全部拒絶していた。 「大丈夫だ。もう熱も下がったし、くらくらもしない」 「でも……」 「もしかして、おれ、どこか変か?」  ララや他の生徒たちには、あの突発発情した日のことを、ただの体調不良だと伝えていた。発情抑制剤を飲んでいて起こった不測の事態だから、本来ならば学院側に報告の義務があるのだが、抑制剤の量を倍に増やし、ウィリスにも口止めしているため、何もなかったことになっている。  しかし、ウィリスと寝たことは、明らかにハルの内面を変化させていた。その結果が無意識のうちに表に出てしまっているのだろうか、と危ぶみ、ハルが問うと、ララはちょっと戸惑った顔をした。 「いえ。そういうわけではないのです」

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