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第78話 フレデリック・レイス・モーリジィ5
「あ……」
──酷いじゃないか。
そう感じている。それが正しい感情なのか、わからないまま。貞淑を疑われたことに傷ついていた。八つ当たりに近い言葉に、侮辱された気がしていた。
本当は、言葉の選び方はともかく、ウィリスが心配して言ってくれているのだとわかっていた。なのに、どうしても我慢がきかなかった。
「きみに……っ、オメガの何が、わかる……っ」
苦し紛れに責める言葉を吐くと、頬を叩かれたばかりのウィリスは、殴られたというのに昏い眼差しでハルを睥睨した。
「わかる……? お前のことは、俺にはわからない。さっぱり何ひとつ、わからない」
言って、頬を叩いたばかりのハルの手首を、ウィリスはそっと握った。ぎゅ、と強く力を込められて、それを顔の前に持っていったウィリスは、自分を打ったハルの指先にひとつ、キスを落とした。
「っ」
済まなかった。
そう言われているような気がした。
(どうして、こんなことをするんだ……)
警戒を解かないハルの手首をぱっと離すと、ウィリスは首を振って促した。
「──行くぞ。次は化学の授業だ」
それきり背を向けたウィリスに、ハルはとうとう殴ってしまったことを、謝ることができなかった。
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