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第89話 涙の理由1

 幸い骨折などの大怪我をした者はおらず、擦り傷や打撲、裂傷が主なものだった。モーリジィに殴られた数人が顔を腫らしているのが痛々しかったが、大多数の生徒たちは、互いにかすり傷に消毒液をふりかけ合いながら、わあわあと騒ぎ、笑い、手当てをし合っている。 「だいたいハルは軽率すぎるんです。ウィリスがいたからよかったものの、ちゃんとご自分の立場を自覚してください。自分ひとりの身体ではないんですからね……!」 「悪かっ……イテテッ」  ララに細かい傷を消毒されながら、先ほどからずっとこの調子でハルは説教を食らっていた。ウィリスは救護室を占領中の生徒たちの頭数を数え、利用者名簿に名前を書いており、トーリスはどこへやら行ったきり、救護室にはまだきていないようだった。 「ハルが傷ついて傷つくのは、ハルだけじゃないんです……!」  モーリジィに引き倒された時の傷を見たララが、手首に残る痣を見て、ずっ、と鼻をすする音が聞こえた。 「ララ。きみ、泣いて……」 「泣いてません!」 「いや、でも……」 「泣いてません!」  ララは目を真っ赤に染めて、唯一、傷らしい傷のない白い身体で、二十数名いるクリケット選手たちの手当てに回りはじめた。明らかに傷ついている様子なのは、きっとハルがララとポジションを入れ変えたせいで起こった事件だと認識しているからだろう。  こんな大事になるとわかっていたら、最初からウィリスに相談すればよかった、とハルも反省していた。

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