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第95話 パリスの罠4

「では、せめて私たちが合意したという証を。キスをくれるぐらいはいいだろう? ハル」 「ま、待っ……!」  迫りくるパリスの唇を、ハルは急いで両手で食い止めた。キスを問うダイアログは全部「いいえ」で拒絶している。好感度が上がっただろう今、これ以上パリスの我が儘に付き合う気はなかった。 「約束するだけだよ。私にその身を捧げてくれるという誓いを。我々は晴れてひとつになれるんだ。その予行練習さ」 「いや、それと、これと、は……っ」 (まずい……っ)  瞳孔が開ききったパリスが、ハルをベッドの上に縫い付ける。体重をかけられ、唇を奪われそうになり、顔を横に振るが逃げきれそうにない。  なし崩しに奪われる寸前、ガラリと施錠されていない救護室のドアが開いて、トーリスがひとり、顔を覗かせた。 「失礼します、先生。こちらにハルが……」  だが、パリスと絡み合うようにして組み敷かれているハルを見たトーリスは、動きを止めた。 「トーリス……! 良かった、探してたんだ……!」  ハルは思わず叫んだ。  救世主のトーリスは、ドアを開けたまま、中に踏み入ったものか、出直したものか、逡巡しているようだった。ハルが(助けてくれ!)と合図を出すも、トーリスのダイアログは未だに開かない。何を考えているのかも、よくわからないままだった。 「やあ、ロイエンバームくん。きみはタイミングを間違える天才なのかい? 悪いが、今からオメガを触診するところなんだ。出直してくれないか?」  簡素なパイプベッドの上にいるハルとパリスを交互に見比べたトーリスは、状況を把握すると、さすがに不快感を露わにした。 「……ハルがつがい申請を出しているの、ご存知ですよね? 先生」 「仮だろ?」 「仮でも申請書が出ているはずです。だからウィリス以外のアルファは、誰もハルに近寄らない。ウィリスを通すのが筋だからです」 「これは純粋な医学的見地からの触診に過ぎない。患者が暴れるなら、多少乱暴でも拘束が必要だと判断した。何の証拠もなしに、勝手な決めつけをするのは良くないよ。ロイエンバームくん」  いけしゃあしゃあとパリスが主張した次の瞬間、怜悧だった銀色の眸が火焔を宿した。

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