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第96話 パリスの罠5

「今すぐハルから退いてください、先生」 「ハルは暴れていないよ。それが合意の証拠……」  さらにパリスが言い募ろうとした時、一歩前へと踏み出したトーリスが、傍に置いてあった丸椅子を思い切り蹴り飛ばした。  物凄い音をさせて飛んでいった丸椅子は、パリスの執務机に当たり、止まった。爆発した思春期の憤怒にあてられたパリスが、ビクリと硬直する。 「二度は言いません。ハルをこちらへ」  ハルはその隙に素早くベッドを出てトーリスの方へと歩み寄った。これ以上は無理だと判断したらしいパリスは、「本当に正当な段取りを踏んだだけなんだけどね」とベッドから降りながら大げさにため息をついた。 「気が変わったら、いつでもおいで。ハル。きみになら、私の全てを投げ打ってもいい。歓迎するよ」  パリスは陶然とハルだけを見ていた。底冷えのする視線を投げかけたトーリスが、「もしもララにまで手を出したら、その時は容赦しませんから」と圧のある声で釘を刺したが、懲りていないようだった。 (ララ……?)  不意に出てきた名前をハルが不思議がっていることに気づいたトーリスは、少し頬を染め、ハルを促して廊下へと出た。  両手を上げて降参の意思表示をしたパリスは、「怖いねえ。肝に銘じよう」と呟いたが、残念そうに首を振る様子は、反省したものではなかった。

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