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魔王の事情
◆
白い闇というものがあるならば、きっとここのことだろうと魔王は思った。上下左右、白、白、白、世界が白く染まったとでもいうのか。
自分以外の物質は確認できない。徐々に頭がはっきりとしてくると同時に目を細める。
「俺は殺されたのではなかったか?」
人間界を支配するその途上、王たる自分は人間に追い詰められ、命を絶たれた――はずなのだが。
もう一度、右手に目をやるがそれは確かに存在している。足も髪も体も、目で確認できる場所は残らず白の世界に存在しているのだ。ただ、他には何もない。この世界は「白」と「魔王」だけだった。
魔族の最後は灰となって消える。しかし、魔王の体はまだ灰にはなっていない。
「殺されなかったと?」
刹那、黒い目に炎を灯した人間のことを思い出す。
いつも魔王の眼前に立ち、邪魔をしてきた人間。
魔界の闇のような漆黒の髪と眼をした人間。
人間達からは「勇者」と慕われ、愚かな人間そのもので「優しさ」や「慈愛」を尊び、何より人を大事にしていた男。
「キース」
思わず口にしたその名が、耳から頭を駆け抜けて酷く不愉快にさせた。
最後の戦い時、魔王はキースに追い詰められ魔力を振り絞ってまでの戦いになった。それはキースも同じことで、最終的には互いに魔力と魔法力を失い、剣技で、果ては体術で戦った。
結果、魔王は勇者の前に倒れた。
――忌々しい。
体中をとりまく不愉快を焼き払うつもりで右手を掲げて炎を呼んだが、反応はない。流れる血と同等に魔王を包んでいた魔力が、まるで失われていることに初めて気付く。魔力を失ってしまえば、最早「魔王」ではない。これが誰のせいなのかなど、今更考えることでもなかった。
「キース……っ」
益々忌々しい。
舌を打って、白い空間に横たわる。
このおかしな空間もきっとあの男のせいだ。
それくらいは魔王にも理解できる。じわり、と最後の瞬間を思い出すと、また眉に皺が寄った。確か、キースは「封印」する、と口にしたのではなかったか。命を賭して倒そうとした相手を、目の前で膝をつく力尽きた敵を、どうしてわざわざ封印などする必要があるのか。魔王には何一つ分からなかった。
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