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魔王と寝床と釣り
そして食事を取らなくても大丈夫なのかと心配になってきた五日目。
「気にいらん」
不意に、魔王の声が響いた。
「何がですか?」
魔王から会話をしたがっているのだと気付いたキースは、さらりと受けながら、そっと微笑む。距離を縮める際は少しずつ。動物でも怪物でも人間でも、きっと魔王でもそれは同じことのはずだからだ。
魔王はベッドから身を起こして椅子のように座ると、キースを睨んだ。銀の長い髪がさらさらと肩に落ちる姿は、異形ながらに美しい。
「人間界なのに、ここは暗い」
「外は明るいですよ」
「ここは暗い」
これは住居に対する不満なのだろうか。光苔を壁に植えてはいるが、寝室は明る過ぎない方がいいかと少なめにしてある。その代わりに松明を焚いているので、寝るには十分の明かり具合だと思っているが、魔王は不満らしい。
「洞窟ですから、仕方ないですよ」
キースが肩を竦めると、魔王は憮然としたままで、呟いた。
「魔界にいる頃のようだ」
魔王が魔界の話をするなど想像もしていなかったキースは心底驚いたが、続きを聞きたくて何でもない顔で相槌だけを打った。魔王は独り言のように続ける。
「まだ魔王になる前はこんな洞窟で過ごしていた」
「そうなんですか」
突然の身の上話に驚きながら、キースはじっと魔王を見つめた。
「魔王は生まれながらにして魔王なのかと」
「違う。力あるものが王になる。俺は前の王を倒して王になった」
「なるほど、実力世界」
魔族の頂点に立つ存在ともなると、分かりやすいその仕組みは的確に思えた。
「貴方も魔王でない時があったんですね。不思議な気分だ」
キースとて生まれた時から勇者だった訳ではないのだから、そういうことなのだろう。
それにしても、この偽物は思いもしないことを喋る。キースが作り上げたものとはいえ、灰は魔王の体だった訳なので、それが関係しているのかもしれない。
――だとすれば、完全な偽物ではないと?
そんなことを考えてから、キースはそっと苦笑する。何にしろこれは「魔王」ではないことに変わりない。キースにできることは、目の前にいる偽物と共に時間を潰すことくらいだ。
そしてそれは信じられない程にキースを満たしていた。
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