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魔王と労働

 重い魚籠を抱えて洞窟に戻ると、魔王はまた工作をしている。石を削って何を作っているのかは分からないが、キースのことをちらとも見ない。あえてその正面にまわりこんで、キースは満面の笑みを見せた。 「魚をありがとうございます、私の為に」 「貴様の為ではない」 「そう言うと思いましたけど」  言葉と行動が裏腹なのは可愛い、とは口が裂けても言えないが、キースはわざとらしく微笑みかけることで留飲を下げた。 「さて、どうしようかな」  この大量の魚を売る手はずを整えなければならない。適当な街の市場で市を開いてもいいが、それでは人目に付きすぎる。変装をするとはいえ、あまり目立つこともしたくない以上、商人に買って貰うのが一番だとは思うが、つてがないので、それを探すことから始めなければならない。勇者キースの姿であれば信用は得やすいだろうが、それはしたくないので地道に現地で掛け合うしかないだろう。  問題は、魔王だ。  魔王を連れて街に入る訳にはいかないので、島に置いていくが、その間はキースの魔法力を注げなくなる。側にいれば空気を吸うようにキースの魔法力も少しずつ吸い上げているのでいいが、離れると魔法力の切れた瞬間に灰に戻るだろう。  ――また封印して、一から作るか?  一瞬よぎったそれはすぐに頭の奥に消し去った。「この魔王」との生活はようやく入口に立ったばかりだ。まだこの魔王を見ていたい。  ――ぎりぎり形を保っていられるくらいの魔法力を置いていくしかないか。  自分の見ていない所でどんな反応があるか分からないのは危険だが、魔王が力を持ち過ぎない微量な魔法力に調整して指先程の結晶を作る。それを小袋に入れて紐で魔王のベルトにくくりつけてしまえば、なんとかなるだろう。見目はかなり不格好になるが、魔王はきっと気にしない。  魔王が見た目に無頓着なことに、キースは初めて感謝したい気分だった。

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