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魔王とグラス
この街から遠く離れた島で捕れた魚は珍しさも手伝ってか、商人達の反応は悪くない。
こういうのは下手に出過ぎると買いたたかれるものだ。
一通りの買値を聞きあげてから、キースは一人の商人に目ぼしをつける。一人で市をあげていた男は大商人の使い走りではないようで、魚をじっくりと値踏みしたからだ。信頼できるような気がする。生まれがこの街だという商人は高すぎず安すぎずの値段を言ってきたのも好感触だった。何より、この商人は硝子の食器を扱っている。
「この魚の値段でそのグラスは買えますか?」
「一番小さいのならまけてやる」
それは手の平におさまる大きさで装飾のない質素なグラスだった。ただ、切り込みのような模様が入っていて、そこで差し込む光の色が変わってとても綺麗だ。物に執着しないキースだが、これは好きだと思う。しかし、だ。
――魔王はこれを気にいるだろうか。
魔王の趣味など知らないが、仮にも魔王なのだから、もっと豪華なものがいいかもしれない。
「他のは高い?」
「今日の魚だと、あと二回分だな」
「二回分ですか」
大きめで金の装飾がついているものは更に高いらしい。このグラスの為に魚を大量に殺すのも気がとがめる。万が一、魔王がこれを気にいらないなどといえば目も当てられない。
取りあえず今日は買うのをやめて金だけを受け取った。
その後は市をゆっくり見て回る。服の店はあったが、今日の金額では満足するものは買えなさそうだ。
――これはしばらく魚売りをしないといけないかな。
久しぶりに見て回る市場は活気があって楽しかった。一つ一つの市にその商人の人生が染み出るのも面白い。
食品はもとより、装飾品や雑貨など贅沢品も結構売れているようだった。それはこの街が「生きる」ことだけでなく「良く生きる」という余裕を取り戻しつつあるという証拠でもある。
魔王にどんな目にあわされても、こうやって商売をして笑って生きていける。人の強さを、キースは愛しく思う。魔王は脆弱な存在と人間を蔑むが、本当の人間はこうも強いのだと誇らしく掲げたい気分だった。
とはいえ、今のキースには服を買う金貨もないので、今日はおとなしく帰ることにする。置いてきた魔王も心配だった。
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