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魔王とウサギ
思わず口に出た。魔王はそんなキースに向かって鼻で笑っただけで応えると、満足そうにグラスを口につけている。この雨の中、どこにいってたのかと思えばこの木の実を取りにいっていたらしい。なんでもこの木の実は絞った方が美味いらしい。そのままかじっても同じなのではと思うのは、もう黙っている。
魔王はしばらく黙ってキースを見つめていたが、そのうち木彫りに手を伸ばした。
「これは何だ」
「ウサギですよ。こういう置物にすると子供が喜ぶので、売れるかなと」
「人間は小さいものが好きだからな」
そうとも一概に言えないと思うが、魔王から見ればそうなのだろう。
「貴方も意外に小さいのが好きなんじゃないです? そのグラスも小さいのに悪くないんでしょう?」
キースが買ってきた手の平大で切り込み模様のある安いグラスを、魔王は意外にも気にいったようだったからだ。装飾が無くてもいいのかと問うてみれば、そんなものは必要ないらしい。
「これは貴様にしてはましな選択だったな」
「本当は私が欲しかったんですけどね、それ」
「貴様は木の実の殻でいいのだろうが」
「貴方は濡れた服でも平気ですしね」
軽口を叩きながら不思議な気分になった。こんな風に過ごしていると、魔王が友人のような気持ちになるからだ。目の前で不思議そうにウサギの木彫りを弄っている異形は魔王を模した偽物、そのことすら時折忘れそうになる。
「これは高く売れるのか」
「え、ウサギです? まあまあですかね」
魔王はキースが机に積んでいた木材を手にすると、爪先でその表面を削る。魔王の右手の爪は小刀のように鋭い。みるみる木材はウサギへと形を変えていき、キースは思わず感嘆した。
「貴方、こんなこともできるんですね」
「こんなことをしたのは初めてに決まっているだろう。何の役にもたたん」
「今はとっても役にたちますよ、売れますから」
「その金で皿を買え」
また食器か。今まではなるだけ耐えていたのだが、もう無理だ。キースは盛大に吹き出し、声をあげて笑う。
「本当、貴方って変です」
「人間のくせに、貴様がおかしいんだ!」
怒鳴りながら、魔王はキースの腕を掴みあげる。魔王に触れられたら一瞬たりと気を抜けない。笑顔を殺して魔王を睨みつけると、その手は離れていく。それが常なのだが、今回はなかなか魔王の手が離れない。
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