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お風呂に入りたい
挨拶を済ませてから島へ戻ると、魔王は洞窟の前で剣を振るっている所だった。
「どうしたんです、急に」
「体がなまる。おい、相手をしろ」
剣を突き付けられて、キースも咄嗟に剣を抜いた。こんな風に剣先を合わせるのはいつ以来だろうか。
剣先から目をそらさずに、じりと距離をはかる。
魔王からは殺気を感じた。本気だ。
魔王の腕は長く、捌く剣はしなやかで剣筋を読みにくい。命を賭してこの異形の前で剣を振るう時、キースは常に全身に気を配らなくてはならなかった。それは魔力を無くした今の魔王であっても、変わらない。
風を切る音よりも早く、魔王の剣が振り下ろされ、キースは地を蹴って距離を詰めた。懐に入らなければ、キースの剣は届かない。素早さでたちまわらなければ、魔王には敵わないのだ。振り下ろした反動を利用し魔王の剣が横に空を薙ぐ。それをかわしたキースは下から突き上げた剣先を魔王の顎に突き付けた。
「どこまで、やります?」
このまま突き上げれば、美しい顔を青の血で染めることは容易い。魔王はにやりと口の端で笑うと懐に飛び込んでいるキースの腹を蹴りあげた。力では敵わず、畑の隅まで蹴り飛ばされ、着地と同時に態勢を整えると魔王は顎を拭っている所だった。
「こんなものか」
一人こぼした魔王はもう興味を失ったのか、剣をしまう。
「終わりですか」
「もっとやりたいか?」
体を動かすのも悪くない。魔王の言うように、なまっているのも確かだ。少し物足りないとは思ったが、魔王がやる気をなくしているのでキースも剣を引いた。それにしても急になんの真似だと思う。
「それで、皿は買ったのか」
「服を買うって言ったでしょう。貴方、それ洗いますからね」
嵐に濡れては自然乾燥を繰り返した魔王の服は随分くたびれている。我慢ならないのはキースの方だ。
「それと。提案があります」
「何だ」
嵐の最中からずっと考えていたこと。
「お風呂に入りたいです」
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