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お風呂に入りたい
キースも魔王の首から手を放し、剥ぎ取った服を手に浴槽を出た。体は温まったが、風呂に入って得られるはずの充足感はない。苛立ちながら洗濯を始めるキースに魔王の揶揄するような声が飛ぶ。
「貴様が女を知らないとはな」
そんなことはない。女性と関係を持ったことはあるし、愛おしく愛らしいと感じた女性は過去にいた。けれど、キースにとっての人生は魔王を倒すことだけが唯一だった。女性と何一つ、約束できる未来などなく、ようやく魔王を倒して訪れたのが、今だ。女性の柔らかさは、もう遠い過去の遠い国のことのようで、欲する気持ちは消えた。
――それに私は。
洗濯の手を止めて、じっと手を見る。
人間にしては過ぎたる力、それをキースは持っている。魔王の言葉ではないが、壊しそうになった過去を思い、そっと目を伏せる。欲にかられた未熟な頃のことだ。それ以来、女性に触れることは避けてきた。
「魔王、私の思い一つでお前は全てを失う。そのことを、忘れるな」
キースが魔王を睨みつけると、魔王はさも楽しそうに声をあげて笑った。
「貴様のその目は悪くない。人間は貴様のその目を恐れるのだ」
魔王の言葉に耳を塞いで、キースは黙ったまま唇を噛んだ。
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