44 / 181

お風呂に入りたい

 キースも魔王の首から手を放し、剥ぎ取った服を手に浴槽を出た。体は温まったが、風呂に入って得られるはずの充足感はない。苛立ちながら洗濯を始めるキースに魔王の揶揄するような声が飛ぶ。 「貴様が女を知らないとはな」  そんなことはない。女性と関係を持ったことはあるし、愛おしく愛らしいと感じた女性は過去にいた。けれど、キースにとっての人生は魔王を倒すことだけが唯一だった。女性と何一つ、約束できる未来などなく、ようやく魔王を倒して訪れたのが、今だ。女性の柔らかさは、もう遠い過去の遠い国のことのようで、欲する気持ちは消えた。  ――それに私は。  洗濯の手を止めて、じっと手を見る。  人間にしては過ぎたる力、それをキースは持っている。魔王の言葉ではないが、壊しそうになった過去を思い、そっと目を伏せる。欲にかられた未熟な頃のことだ。それ以来、女性に触れることは避けてきた。 「魔王、私の思い一つでお前は全てを失う。そのことを、忘れるな」  キースが魔王を睨みつけると、魔王はさも楽しそうに声をあげて笑った。 「貴様のその目は悪くない。人間は貴様のその目を恐れるのだ」  魔王の言葉に耳を塞いで、キースは黙ったまま唇を噛んだ。

ともだちにシェアしよう!