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魔王の事情 2

◆  キースとの生活はやはり奇妙だった。キースの魔法力でここに存在しているというのは屈辱であったが、そのうちキースを引き裂いてやると思えばなんとか耐えられた。それまでは、この生活をするしかないのだろう。  それにしても、だ。  ――キースは無頓着すぎる。  魔王は呆れ果てていた。  魔王が人間界を手に入れようと決めたのは、その文明が興味深かったからだ。魔界にはない光の恩恵を受けた人間界には、魔界にはない文明が溢れている。  一番に気にいったのは柔らかい寝床だったが、キースは無頓着だった。  ――まあ、それはいい。  キースの寝袋を奪って、草よりはましな寝床で耐えるしかない。それよりも、食事だ。  人間界の食事は多彩だ。一つの食材から無限のような味わいができる。初めて口にした時には舌を巻いた。これだけでも人間界を手に入れる価値がある。それ程に魔王は人間の食事を認めている。  それなのに、人間たるキースの用意する食事は、あまりに質素だった。  採ってきた木の実や野菜、干しただけの魚、それをその辺で拾った木の葉に乗せて口に運ぶ。無人島で不便だから、という訳でもなく、キースはそれで満足している、そのことに呆れたのだ。  耐えきれず魚にいたっては自分で手を加えてしまったが、味のしない干魚ばかりを食わされてはたまらない。もうそれからは自分で手を加えるようにしている。  それから、器が無いことにも辟易した。魔王が寝床の次に気にいったのが硝子の杯だ。魔界の水はいつも口に苦みが残る。杯は石でできていたので口当たりも悪かったのだろうと、人間界で硝子を知ってから気付いた。  硝子の杯で水を飲んで、初めて水の味を知った。光があるということは、こんなにも繊細なものを作り出すのだと、益々人間界が欲しくなった。  その硝子を、キースは持っていないと言う。 「水なんて手で掬って飲んでも同じでしょう」  そんなことを平気で言う。  ――ふざけた男だ。  この生活は嫌でも続く。だとすれば、少しでもましな生活にしなければならないが、キースは使えない。だとすれば、自分でなんとかするしかないだろう。

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