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魔王の事情 2

   ◆  キースはやはり無頓着だ。  魔王がキース本人から魔法力を吸い取れないかと試していることにすら気付いていないのではないかと思う。けれど、その方が都合がいい。  嵐の日はキースが動かないので好都合だった。  木の端切れで兎の彫り物をしているキースは隙だらけだ。その腕を掴んで手の平に力を集中して、魔法力の流れを感じ取ってみようとしたが、なかなか難しい。 「何です?」  流石におかしいと思ったのか、キースが眉を寄せる。 「――柔な腕だな。へし折ってやろうか」 「やってみたらどうです」 二の腕からでは吸い取るのは難しそうだと、魔王はそろりと肘へ手首へと下ろしながら撫でる。キースは警戒しているのか手に力がこもっている。  柔らかい肌はおそろしく手触りが良い。指先が勝手に吸いつくようにキースの肌に沈み、その下に流れる赤い血の熱を伝えてくる。一瞬、目的を忘れてその熱を貪りたくなったが、それを耐えてキースの手の甲を撫で、その指をとらえる。この柔な手で魔王の全てを打ち砕いたのかと思うと、憎々しくはあるが、不思議にもなる。  キースは途惑ったように魔王をただ見つめている。 「な、にしてるんですか」  力のない声はどこか艶を含んでいる。  こんな男のどこに、自分を地に這わせた力があるというのか。 「へし折れと、貴様が言っただろう」  そのつもりはないが、と魔王は目的を思い出した。魔王からすれば細いキースの指先を撫でると、微かに魔法力の熱を感じる。ここから吸い取れはしないかと、その手を口に含もうとしたが、手を振り払われた。それと同時に小刀を投げてくるあたり、まだ腐ってはいないらしい。 「――何のつもりですか」 「へし折れと貴様が言った」 「噛み切れとは言ってません」 「そのうち、全身をばらばらにしてやろう」  いつもは力の欠片もないキースの目に、火が灯っているのを魔王は何故か嬉しく思い笑いがこぼれた。  ――キースはこうでなければ。

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