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魔王が看病
水を求めて寝室から出ると、食卓にいた魔王が目を見開く。
「キース!」
何か言いかけた魔王の口が微かに動いて、そのまま静まり返る。キースも何か言いたかったが、今はその体力も惜しい。ふらつく足で椅子に座ると、机に水が置かれた。魔王のグラスに注がれた水を差しだされ、抵抗する力もなく受け取ると、冷たさで喉をうるおす。
生き返るようだった。
ようやく、声になる。
「ありがとうございます」
魔王はグラスにもう一度水を注いでキースに渡した。飲めというのだろうと、それも素直に受け取ると、微かな呟きが聞こえる。
「貴様に死なれると困る」
――貴方も死にますからね。
今度はゆっくりと口に含み、少しずつ飲み干す。その全てを、魔王はじっと見つめていた。あまり見つめられると落ち着かない。キースはそっと顔を背けたが、伸びてきた魔王の手でまた正面を向かされた。何なのだとは思うが、今はそれを問うのも億劫だ。静かに水を飲み続ける。
魔王が目を細める。
「貴様、死ぬのか」
縁起でもない。首を横に振ると刺された腕の痛みで、ついグラスを落としてしまった。ごとりと落ちたグラスがテーブルに転がり、少し残っていた水が木目を濡らしながら広がっていく。
「すみません」
グラスが割れなくてよかった。
魔王はそのグラスを拾うと、水差しの水を注いで、キースの口元にグラスを掲げた。受け取ろうとするが魔王は渡してくれず、キースの口元にグラスを当てたまま動かない。
――このまま飲めってこと?
まるで、母親が子供にするように?
それはさすがに気が引けるし、羞恥でもある。けれど、魔王は真っ直ぐにキースを見つめたままでグラスを構えている。これは母ではない、魔王なのだ。あの魔王が水を飲ませてくれようとしている。元気であれば吹き出す所だが、今はそんな体力もない。
ためらいながらもグラスに口を付けて、与えられるままに水を飲んだ。全て飲み干すと、魔王はグラスを引き、今度は果実を持ってくる。
「食え」
皮を剥ぎ、一口大に切られた赤い果実は瑞々しくて美味そうだった。これも口元に差し出され、おずおずと口をあけると、雛のようにそれを受け取らされる。こんなに甘やかされたのは、子供の頃以来ではないかと、ぼんやり思う。
「どうだ」
「美味いです」
「他に何を食う?」
「もう、十分です」
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