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魔王の事情 3

 目を閉じてしまったキースを揺らすが、全く動く気配がない。どうやら気を失ったのだろう。 「俺の前でこんな不様な姿を晒すとは」  舌を打ちながら、キースを寝床に運び込む。このまま死なれでもしたら、自分も死んでしまうのだろう。そんなことは許さない。  怪我をした人間をどう扱えばよいかなど、知らない。魔族よりも簡単に傷つき死んでしまうくせに、人間は傷を治す技術に疎い。魔界では薬師を訪ねれば三日とたたず怪我など治るというのに。  魔界に通じる道は閉ざされたとキースを言っていたし、そもそも魔力が無ければ足を踏み入れることもできない。だとすれば、人間界のものでキースを癒さねばならない。 「確か、薬草を持っていたな」  海岸の岩で足を切ったとキースがいつだったか薬草を塗って布を巻いていたことを思い出す。  魔王は見よう見真似でキースの腕を布で巻いた。  同じように焼け爛れた左手に薬草を塗ってみたが、キースが痛いと泣き叫ぶので、それ以上はやめておいた。火傷と刺し傷では薬が違うのかもしれない。  キースの炎で魔王自身にも火傷がある。魔界で薬師が使っていた草に似ている木の葉を見つけて火傷に貼ってみたら良い感じだったので、キースにも貼り付けてやった。  ――何故俺がこんなことをせねばならんのだ。  妙に疲れてキースを見下ろすと、苦しげに眉を顰めて荒い息を吐いている。意識はない。さっき泣いたのも無意識に違いない。意識があれば、きっとキースはそこまでの醜態を晒さないだろう。  まだ頬を濡らしている涙に触れると、キースの顔が安らいだ。  それを見ていられなくなって、魔王は寝室を出た。  殺したいと願っているはずなのに、安らいだ顔に安堵すら覚える。引き裂きたいと思っている肌が焼け爛れているのは、惜しいと思う。それから、また、あの唇に触れたいと、思ってしまう。  魔法力を吸い取る為なのだ、何も躊躇することなどない。  そう何度言い聞かせても、眠るキースに触れる度、体中を襲い来るのはただひたすらに情欲だった。組み敷いて抱くことは容易い。けれど、そんなことをするつもりはない。キースに欲情するなど、ありえないことだからだ。自分を殺した相手に抱くのは殺意の他にあってはならないだろう。 「キース、早く目を覚ませ」  そしてこの状況を説明しろ。これはきっとキースの罠なのだから。

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