82 / 181
三人暮らし
「とにかく、まずはワグのベッドです」
「寝床も作れるのか?」
魔王の興味は尽きないようだった。
――そうだ、魔王は人間界の職人が大好きなんだった。
それでワグに危害を加えなくなるなら、それはそれでいいかもしれないが。受け止めるワグの方が大変だろう。ワグは尻もちをついたままで、魔王を珍しそうに見ている。ワグにとって魔族は憎むべき、おそろしい存在だ、それが人間のようなことを言いだしたので、混乱しているのだろう。それはキースにもよく分かった。
「ワグ、聞かなくていいですよ。今日は君のベッドを作りましょう」
「棚も作れ」
「しつこいですよ、オーガ」
「木は切ってやる」
魔王は斧を片手に森へと姿を消すと、すぐに丸太を何本か持って戻ってきた。どれだけ張りきっているんだと思うとやっぱり面白い。
「あー、ありがとうございます」
ようやく立ち上がったワグが道具を取りに洞窟へ戻るのを横目で見ながら、キースは魔王に囁いた。
「あまりワグに無理を言わないでください」
「俺が近くにいるのはアレにとっても都合がいいだろう」
「そんなわけないでしょう」
「アレは俺を殺そうとしているぞ。魔法使いにそう命令されているのではないか?」
ワグが魔王を?
その可能性を考えていなかったのは、ワグの腕では魔王に傷一つ付けられそうにないからだ。マリーの元で魔法を修行しているらしいが、剣は未熟だ。筋はいいのだから、これからだろうとキースは思っている。そんなワグにマリーが暗殺指令など出すだろうか。
「貴方、襲われたんですか?」
「いや、まだだ。まるで相手にはならんが、殺気だけは一人前だ」
いつの間に。ワグの明るい笑顔を見ていると、殺気の欠片も感じないのだが、自分の知らない場所ではそんな顔をしているのかと少し寂しくなる。
ワグはすぐ戻ってきて丸太を切り始めた。魔王は興味深そうにそれを見ている。この関係は何だろうとくらくらする。
「木を薄くする道具か」
「のこぎりっていうんだ」
魔王の問いかけに律儀に答えながらワグはもう一つののこぎりを魔王に手渡す。
「あんたもやれよ、棚欲しいんだろ」
魔王は一瞬眉を顰めたが、驚くほどおとなしくワグに従った。
これは何だと、思う。ワグの隣で魔王がのこぎりを引いている。時折ワグに注意を受けながらだ。キースはそれを愕然と見ていた。
ともだちにシェアしよう!