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ワグの事情

 キース様はそっと微笑んでから、面白そうに言う。 「マリーにそう言われてるんでしょう? 本当、彼女は可愛い子には無理をさせるんです。悪趣味すぎる」 「それが可愛いか?」 「可愛いですね。少なくとも、私はとても可愛いと思いますよ。貴方だって珍しく褒めてたでしょうに」 「俺は褒めてなどいない」 「はいはい。とにかくワグ、君にはもう少し修行が必要ですよ」  キース様の笑みに、鼻の奥が痛んだ。どうしてそんな風に笑えるのか、オレには分からない。こんな人だから、ついていきたいと思ったし、側で剣を習いたいと思った。いや、本当は剣なんて言い訳で、ただ側に置いてほしいと思ったんだ。 「キース様、オレ、すみません、もう、こんなことはしません」  嗚咽をこらえてなんとか言うと、キース様が思いもしないことを口にする。 「いいえ、オーガの暗殺は諦めなくていいですよ。その為に修行しましょう。もちろん、オーガが簡単に殺されるとも思いませんから、大変ですよ」 「貴様、俺の前でよくも堂々とそんなことを言える」 「貴方の方がこういうのは得意なんじゃないですか? 殺気の抑え方なんかも教えてあげてくださいね」 「知らん」 「ベッドも棚も作って貰ってるでしょう」  魔族はキース様の言葉に声を詰まらせて、オレを睨んできた。オレのせいじゃないんだからそんな怖い顔をしないでほしい。っていうか、キース様すげー。 「おい、他に何を作れる」  不意にオーガから話しかけられて身構えたが、キース様が困った顔で目配せしてきたから、これには答えろということだろう。 「えっと、まあ、道具と人手があれば、最大で小屋くらいなら」 「小屋? 家が作れるのか! 作れ」  オーガがずいと身を乗り出してきて、キース様に首ねっこを掴まれた。本当にこういとこ、魔族と思えない。 「家がなくても洞窟で十分でしょう?」 「貴様は無頓着すぎる! 家が作れるなら、その方がいいに決まっている。ここは暗すぎると何度も言っただろう」 「貴方が贅沢なんです」 「貴様が無神経なんだ」

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