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嫉妬は闇落ちのしらべ
翌日になっても、感情の乱れはおさまらず、キースを苛んだ。
――それもこれも。
涼しい顔で魔王は何事もなかったかのようにふるまっている。それを見ると益々腹立たしい。
少し頭を冷やさねばと洞窟を出て川沿いを歩く。ここへ来た時より随分寒くなった風に頬を打たれて、少しばかり身が竦んだ。
防寒服を買わねばならないかと、財布の中身を思ったが、とても足りそうにないので、また市場にいかねばならないのだろう。しかしそうなるとワグと魔王を二人きりにしてしまうことになる。ワグは移動魔法を使えないし、キースの移動魔法では人を運べない。どうしたものかと首をひねっているうちに、乱れた感情が整うのが分かった。
こんなに簡単なことなのに、魔王の前だとこうはいかないのが不思議だった。
「どうしてくれるんです」
キースを揺さぶるような強い感情を起こさせるのは、いつも魔王だ。元勇者としての矜持すらも揺さぶられて、自分を見失いそうになる。許せないと思う。そんなことをキースに思わせる存在など、他にはない。
大きく溜息をついた時だった。
「キース」
低い声に呼ばれて、キースはもっと深い息をついた。せっかく心が落ち着いてきたというのに、何故今ここに来るのか。身勝手な怒りがわいてくる。振り返らずに返事をすると、魔王はキースの肩を掴んだ。
「どうかしたのか」
そのまま強く引かれて、いやおうなしに向かい合わせになる。魔王はいつもの魔王で、自分一人が心を揺らしているのかと思うと、たまらなくなる。
「何です?」
掴まれている肩が熱い。そういえば触れられるのも久しぶりかもしれない。
魔王は面倒そうに舌を打ち、キースを睨む。
「アレが、貴様が怒っていると言っている」
「あー。気にしないでください」
ワグはいい子だ。こんな魔族にまで、きちんと親切に接している。キースの心情を伝わるはずのない魔族にまで伝えてくれている。ただキースの為に。
「俺に謝れとまで言ったぞ、アレは」
そう言われて魔王がどんな顔をしたのかは興味深かった。それでのこのこキースの元にまでやってきたのかと思うと、じりと胸の辺りが熱く焼けた。
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