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魔王の事情 4
「あのさ、あんたちゃんと謝った?」
キースの弟子が小屋の壁を張りながら無遠慮に問うてくる。
「何のことだ」
「だから、キース様の機嫌悪かったやつ」
謝った記憶はない。口を吸って触れたら、キースが泣いた。それを弟子に言うつもりはない。黙っていると、弟子が困ったように続ける。
「なんか機嫌悪いの直ったみたいだけど、今度は元気ないじゃん、キース様」
元気がないとはどういうことだろうと思う。弟子は魔王が黙っていることに構わず、続けた。
「あんた、何かしたのかよ」
キースのことがよく分からない。それはキースが人間だからだろう。だとすれば、この男なら解決できるのかと、魔王はまじまじと弟子を見つめる。金の髪。大工として使える。名は何と言ったか。魔王はどうしても、キース以外の人間を覚えられそうもない。
――コレならキースのことが分かるとでも?
「な、なんだよ」
見つめられてばつが悪いのか、弟子はもじもじと下を向いている。
「キースは泣いた」
魔王がそう口にした瞬間に弟子が、がばりと顔をあげて魔王を睨む。よく躾けられた犬だ。
「てめえ、何したんだよ!」
「何も」
「んな訳ねえだろ! あのキース様が、泣く、なんて」
「人間が泣くのは絶望した時だろう」
「え、ああ、まあ、けど、それだけじゃねえよ。悲しかったり痛かったり、あと嬉しかったり」
「嬉しい?」
キースの顔を思い出すが、喜んでいるようにも思えなかった。やはりあれは絶望だろうと思う。
――触れることがいけないのか。
「どうしたらいい」
「はっ、え、あんた、オレに、相談してんの?」
うるさい弟子をぎろりと睨み倒すと、弟子は面白そうに笑う。不愉快だ。
「やっぱ謝るしかねえと思うけど」
「馬鹿か」
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