101 / 181
魔王の事情 4
この魔王が、キースに謝るはずがない。泣かせたのは自分だろうがそれを悪かったと詫びるというのか。
――この俺が。
「それはない」
「けど、あんたが泣かせたんだろ!」
「知らん」
顔を背けて座り込むとサボるなと言われる。
小屋作りには使える男だが、使えなかったら殺している所だと思う。暗殺術を教えるように言われているから、少しずつ教えているが、なかなか腕も上がらない。キースとは比べるべくもないような人間だ。魔法を使えるようになったら、真っ先に殺してやろうと思っている。
――違う、俺はキースを殺す。
そのつもりで、耐えがたい道化のような暮らしすら受け入れているのではないか。いつの間に、その決意が緩んだのか。それは魔王を酷く狼狽させた。
「あ、キース様!」
弟子が遠くからやってくるキースを見つけて手を振っている。それにつられて振り向くと、キースも手をあげて応えている。いつもと変わらない、ゆるい笑い顔だ。これを元気がないと断定できる理由を、やはり教えてほしいものだと思う。
「お疲れ様です」
キースは笑いながら果実を差し出してきた。
「一休みしませんか」
「あー、オレはもうちょっと仕上げてからにするっす」
「オーガは休みませんか」
キースの目が魔王に向けられる。やはりいつもと変わらないように魔王には思えた。
「あーでも、蜜柑は食いてえなあ」
弟子がキースの手元を見て笑い、キースも笑いながらその蜜柑を弟子の口元に差し出す。
「このまま食べられますよ」
「え、いや、そんなキース様の手からなんてそんな」
「はい、どうぞ」
キースが無理矢理に蜜柑を弟子の口に押し込み。弟子は嬉しそうに頬を染めながらそれを口にした。キースの指が弟子の口に少しだけ触れる。
途端に、苛立った。
キースの手を掴んで弟子から引き剥がすと、そのまま口に含む。蜜柑の酸味と同時に、柔らかな甘みが広がり、魔王はそのままキースの指に舌を絡ませた。
「な、何してるんです!」
キースは顔色を変えて魔王を蹴り飛ばした。油断していた魔王は作りかけの小屋の床に転がってしまう。酷い屈辱に眉を顰めてキースを見上げると、目を見開いて怒りに唇が震えている。さすがにこれは分かった。
ともだちにシェアしよう!