115 / 181

覚悟と実行

◇  キースは全くワグの気配に気付かなかった己を恥じる。完全に魔王に溺れて、警戒を怠った。  絶対に見られてはならない相手だったというのに。  乱れた着衣を整えて剣を握り締め、様子をうかがうと、魔王は何事もなかったような顔でワグを見ていた。 「何か用か」 「っ! あんた、キース様に、何、してたんだよ!」  いけないと思った時にはもう遅い。キースが飛び出すより早く、魔王が口を開く。 「抱いていた」  ワグの顔色が変わる。蒼白、という言葉はこの為にあるのではないかと思うほどに青ざめ、二人の前に飛び出たキースへと視線を向けてくる。  暗い瞳だった。  いつも明るく優しいワグのこんな顔を見たかった訳ではない。  キースは痛む胸を押さえて、ワグを見つめ返した。何を言えばよいのか分からない。どうすればここをおさめることができるのか、分からない。  ワグは暗い瞳のままで、キースに問う。 「キース様、この魔族のことを、魔王って、呼んでいませんでしたか」  すぐに否定すればよいものを、キースは思わず息を飲んでしまった。いつから見られていたのか、とそればかりが頭を舞い、締め付ける。 「何の、ことです」 「嘘ですよね、こいつが魔王で、それなのに、キース様に……あんなことを」  ワグにとって魔王は全てを奪った憎い敵だ。姿を見たことがなくても、ワグは魔王を憎んでいたし、それを知っていたから、魔王のことを偽名で呼んできた。 「嘘って、言ってくださいよ! なんでこんなことするんだよ! あんた勇者だろ!」  ワグの叫びがキースの胸を引き裂く。ワグは真っ当だった。おかしいのは自分だ、その自覚はある。だからこそ、覚悟を決めたのだ。 「――許さねえ、オレはあんたを殺す!」

ともだちにシェアしよう!