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覚悟と実行
剣を構えると、魔王が無表情のままで剣を構える。
「――どうやら聞き違いだったか」
「何のことです」
魔王は何も言わない。キースは片手に炎を呼びだし、それを魔王にかざした。
「いつかの炎です。が今度は私の腕を焼くことはない。貴方の身を滅ぼすので」
魔王に剣を投げつけ、空いた手にも炎を呼ぶ。両手でなければ制御できない火山の炎だ。これに包まれたなら、魔王は灰に戻るだろう。
魔王がキースの投げた剣を叩き落すのを見ながらキースは炎を呼んだまま駆ける。魔王が小さく呟くのが見える。
「俺を愛していると言ったろうに」
――だから、じゃないですか!
勇者のくせに、魔王を愛した。それでおめおめと生きていていいはずがない。どれだけ考えても、キースにはそんなことができそうになかった。
愛していることもなかったことにはできない。
せめて元勇者の責任として、この魔王を殺しておかねばならないのだ。キースは炎を抱えたままで魔王に駆ける。
「貴様、死ぬ気か」
魔王が構えていた剣を下ろして、微笑む。
「まあ、それも悪くない」
その声に、キースの足が止まった。意思は進めと命じるのに、まるでどこか知らない所から自分を操作されているように、体が動きを忘れた。両手の上で爆ぜるのを待っている炎が強くなる。このままでは焼かれる。
――でも、何故、貴方はそんなことを、言うのか。
「キース様!」
遠くでワグの声が聞こえ、我に返った。
成すべきことを、成さねばならぬ。それは覚悟として心に刻んだではないか。
「魔王、私と、死になさい!」
キースは炎をかざし、魔王は目を閉じた。
時、だった。
「死ぬ気とは、阿呆すぎる」
ここにいないはずの声が響き、同時にキースの両手を氷の粒がまとっていく。それだけでみるみると炎は弱まり、やがて消えた。呪文は完璧だった。キースの炎を消すことができるのは、この世にただ一人だ。
キースは振り返らずに、その名を呼んだ。
「マリー」
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