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彫り物
「易々と俺に注がれて悦んだだろうが」
「――もう次はないです」
「なに!?」
それは駄目だ。あれほどの快楽と満足を二度と得られないなど、惜しすぎる。本気なのかとキースをまじまじ見つめると、険しい顔が不意に柔らかく崩れた。面白そうに笑いながら、キースが剣を引く。
「本当、貴方って面白い。そんなに私が欲しいんですか」
「そうだと言っただろう」
「……あんまり躊躇なく言われると、戸惑うんですけど」
「何故だ」
キースは答えない。やはり人間は面倒で理解できないと、つくづく思う。
「それより、昨日の話ですけど」
不意にキースの口調が変わった。この話はおしまいにするつもりらしい。そういうことも分かるようになってきたので、今はおとなしくキースの話を聞いておくことにする。
「なんのことだ」
「鶏のことです」
「ああ、家畜か」
「山鶏を捕まえればいいと思うんですけど、やっぱり鶏小屋がいると思うんですよね」
サラギとて流石に家畜を飼育した経験はない。人間界の城にいたとき、兵糧の確認で飼育小屋を見にいったことがあるが、その記憶だけではどうにもなりそうもなかった。
――待て、山鶏だと?
この島にもいる野生の鶏である山鶏は、飼育されている鶏と違って卵が小さく肉も固い。サラギはこの島で卵を欲するときは渡り鳥の卵を取っていた。それ程に、山鶏の卵は味気なくはっきりいえば不味い。
「キース、鶏は買え」
「えー、いやー。それはちょっと」
「何故だ。市場に売っていないのか?」
「貴方こそ、山鶏じゃ嫌なんです?」
「あれは駄目だ。卵が不味い」
「また贅沢言う」
なんと言われてもそれは譲れない。これでも他のことは随分譲っているのだ。弟子がいなくなったから、寝床小屋を作ることができなくなったが、本当はこの洞窟暮らしを早くやめたい。それをキースが贅沢だと言うので耐えてやっているというのに。
「とにかく、鶏は買え。金がいるなら魚を取ってやる。木彫りの兎は高く売れたんだろう? 彫ってやってもいい」
「……貴方がそこまで言うなんて、よほど山鶏が嫌なんですね」
「鶏を知っているくせに山鶏で良いなどという馬鹿は貴様くらいだ」
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