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彫り物
机には山になった兔の木彫り。キースは黙々とそれを作り続けているが、サラギはそろそろ飽きてきた。
「まだ足りんのか?」
「鶏の相場が分からないんです。あと他に小屋の造り方に関する本でも買おうかと」
「そんな書があるのか」
「多分。そういえば、貴方、人間の文字読めます?」
「少しならば」
人間の文字は魔族の文字と少し違う。人間の文字の方が煩雑で細かい。一度法則が分かれば易しいのだが、それまでは随分と解読に骨を折った。それでも人間界に来てみれば、大陸ごとに少しずつ文字の種類も違うと知り、呆れたものだった。
――なんと効率の悪い。
数だけが増え続けている人間の、縄張りを守る為の知恵だか知らないが全く理解に苦しむ。
「さすが。貴方、本まで読めるんですね。暇なら私の本でも貸しましょうか」
「いらん」
以前、勝手にキースの本を見てみたことがあるが、まったく分からない文字だったので断念したのだ。
「ああ、これは北の果てで手に入れた魔法に関する本なので、文字が暗号になっているんですよね。マリーの所にはもっと難解なものもありますよ」
魔法使いの名を口にするときのキースは暗い目をする。殺されかけたことを思い出してでもいるのだろう。
暗い目をすぐにひっこめて、キースは兎を作る手を止めた。
「いつまでも兎だけというのも退屈ですね。蝶でも作りましょうか」
「蝶? そんなものが売れるのか?」
「蝶は装飾品の王道でしょう」
蝶。サラギは眉を顰めた。人間は変わっていると思うが、その趣味も変わっている。蝶などを装飾品とするなど、趣味が悪すぎる。サラギはあまり装飾品に興味はないが、それでも蝶を選ぼうなどとは思わない。眉を顰めるサラギに構わず、キースは蝶を彫り始めた。
「置物にするのか?」
「紐付けて飾りにするのがいいかもしれませんね。鞄に付けたり剣の鞘に付けたりするんです」
「蝶を。悪趣味だな」
「さっきから、貴方、蝶嫌いなんです?」
「好むやつがいるのか?」
あんな醜悪で凶悪な存在を。魔族すら恐れている存在を、あろうことか体に付けて喜ぶなど、どうしてもサラギには理解できなかった。
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