142 / 181

彫り物

「とにかく。人間界では売れるんですよ、貴方の方が早いんですから彫ってください」  そう言いながらキースは彫り上げた蝶らしきものをサラギに渡してくる。受け取ってまじまじと見つめながら、サラギは首を傾げた。 「これが蝶か?」 「蝶でしょう? 模様のある羽が二枚と小さな体に長い触角。モチーフなのですから、この程度でいいですよ」 「こんなものが蝶であるか」 「は」  ――。  ……。  しばらく顔を見合わせて黙り込んだが、そのうちキースがそっと口を開く。 「貴方の言う蝶って、どんなのです?」 「羽はこんなに大きくない。背中に飾り程度だ。あと、手足がもっと大きいだろう、そもそもこの洞窟にも入りきらない大きさだというのに、そんなものをよく装飾にしようなどと思うな。だいたい、毒液を吐きだす口はどうした? 触れるだけで体を溶かす毒の……」  そこまで語ったところで、キースに口を塞がれた。 「ああすみませんでした、はい、よく分かりました、貴方、人間界の蝶を見たことがないんですね。まさか魔界ではそんな恐ろしいものだったなんて」 「人間界のは違うようだな」 「美しいですよ。羽の模様や色が様々で、飛ぶ姿も優雅です。この島にもいそうなものですけどね。寒い場所には居つかないらしいので、今はいないかな」 「羽に模様、か」 「種類によっては硝子のような風合いですから、貴方は好きなんじゃないですかね」  そこまでキースが言うからには見てみたくなる。羽の模様について細かく聞いていたら、キースは疲れたように息をついた。 「今度、図鑑買いますね」  だから、とキースは木の端切れを山ほど、サラギに渡してきた。 「図鑑高いので、頑張って彫ってくださいね」

ともだちにシェアしよう!