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彫り物

 図鑑は悪くない。人間界の城にいたとき、書物を随分と読んだつもりだったが、まだまだ知らないことが沢山あるのだろう。人間界は本当に面白い。魔界にいた頃に得た情報など、一瞬で色あせた過去を思い出して、サラギはふと魔界を思い出した。  人間界に興味を持ったのは、前魔王が人間界に興味を持っていたからだった。前魔王の側近であったサラギは、前魔王が人間界の様子を伺える何らかの方法を得ていることを知っていた。前魔王の口から語られる人間界の様子は興味深く、サラギを楽しませ、早く魔王になって人間界を見てみたいと思わせるには十分だった。  前魔王を倒し魔王になった日、真っ先にサラギが行ったのは人間界の様子を伺うことだったのだから我ながら執着したものだと呆れたくもなる。人間界の様子を伺う方法は何のことはない、狂者と呼ばれた学者の持っていた鏡で覗くという方法だったが、それを手に入れたときの充足は、なかなかのものだった。  けれど、そんなものよりも満たされるものを、サラギは知ってしまった。  ――この俺が。人間などを。  見つめた先、視線が絡んだキースが柔らかく笑う。この顔を見ていると妙に落ち着かない気分になるのはどうにかならないかと思う。 「早く作ってくださいね、それからやっぱり魚も捕ってきて欲しいんですけど」 「いらんと言っただろうが」 「お金、たくさん必要になりましたから」  にっこりと笑うキースの目は笑っていなくて、否と言わせぬ迫力を持っているところは気にいらんと思うのに、言い返せぬのは何故なのだと溜息を吐くサラギだった。

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