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魔法使い
封印したという魔法力だが、何が変わったのかサラギにはよく分からず、握られていた手を何度も振っては魔法使いの手の感触を払った。キースの肌と違って、あまり手触りは良くなかった。
「お前、失礼なやつだな! はあ、何故、キースはこんなやつを愛したんだ?」
その言葉の意味をサラギは知らない。けれど、キースの口から語られたその言葉を、もっと欲しいと思ってしまったのは本当だ。一度だけ、その言葉がキースから出たとき、サラギは今までにない感覚に包まれた。あの感覚が何だったのか、今でも分からずにいる。
「俺には愛など分からん」
「――だったら、お前のキースへの想いは何だ?」
「分からん。キースが俺を愛していると言ったときには、確かに満たされた。それが何かは分からん」
「……愛を、知りたいのか? 元魔王が?」
愛を知ろうなどとは思わない。けれど、キースからもう一度、その言葉が欲しいとは思っている。それをわざわざ魔法使いに話す気にはならないが。
だまり込む魔王に、魔法使いは面白そうに笑いながら
「ちょっと待ってろ」
と、移動魔法で姿を消した。一体何なのだと思う間もなく、すぐに戻ってきた魔法使いはサラギに一冊の本を投げた。受け取るつもりもなく手を出さなかったので、本は草の上に落ちた。
「お前、本当に憎らしいな。まあいい、そのあたりから勉強しろ」
それだけ言い放つと、魔法使いは今度こそ姿を消した。しばらく待っても姿を見せないことを確認して、サラギはそっと投げられた本を手に取ってみる。
表紙に兔の描かれたそれを開いてみる。キースの本と違って、書かれている文字が大きくすぐに読める。
何度も生まれ変わった兔は泣いたことがない。それが何度目かに結婚をし、伴侶が死んだときに初めて泣いたという話だった。
「意味が分からん」
これを読ませて魔法使いは何を言おうというのだろうか。
「キースなら分かるのか?」
まだキースの気配が感じられないのはまだ戻ってきていないからだ。けれど早くその顔が見たくて、サラギは本を片手に洞窟へと戻った。
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