156 / 181
元勇者の事情 2
「おい、キース」
不機嫌を含んだ声で呼ばれ、我に返る。
――そうだ、今は小屋を作らないと。
買ってきた本で大まかな作り方は分かった。図解がついていたので、それを見せながらサラギに説明したが、途中からサラギは本を読むことに集中してしまって、作業どころではなくなった。
この知識欲は凄いと思う。魔界にいてさえ、人間界のことを調べたと言うのだから、その執着たるや、だ。それと同じような執着で、サラギはキースを欲しがる。それが心地よかった。
だから、サラギは愛など知らなくていいのだ。
――マリーには悪いけれど。
マリーにはもう見捨てられたと思っていた。けれど、監視という名目で見守ってくれていることを知って、愛しさに涙が出そうになった。申し訳なさとありがたさが押し寄せてきて、今すぐにでも会いに行きたい気持ちにさせるけれど、そんなことはできないことも分かっている。
マリーがキースに会おうとしないということは、そういうことなのだ。
でも、それで十分だった。
「キース、作るぞ」
本を読み終えたのか、サラギが迷いなく木材を手にしはじめる。
「私、必要です?」
こうも早くサラギが本を読めるとは思わなかった。これなら最初からサラギに読んで貰った方がよかったな、と苦い思いだ。
「図解を見ただけだ。細かいところは分からん」
まず基礎となる土台部分を組み上げ、それから外枠を組み上げる。骨だけの箱がみるみる出来上がり、思わず手を叩いた。
「おお、凄い」
「周りに金網を貼るのだろう。金網どこだ」
「ああ、持ってきます」
この間買い物に行ったとき、一緒に買っておいてよかったと思いつつ洞窟から金網を取って戻ると、小屋はまた姿を変えている。
ただの枠組みだけだった箱の中に板が貼られ、図解にあった通り、二階部分も付けられている。どうやらそこは卵を産む場所らしい。
「凄いですね、本当貴方って、立派な大工になれますよ」
「大工なら家が造れる。家はアレじゃなければ無理だろう」
アレ、とサラギが言うのはワグのことだ。時々、思い出したようにサラギはワグのことを話す。本人は邪魔だっただの殺しそこなっただのと言うが、本当は気にいっていたのだろう。
ともだちにシェアしよう!