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元勇者の事情 2

 渋々といった風にサラギが鶏を地面に下ろすと、鶏は先に下ろされていた茶色の鶏に並んで小さく鳴いた。こつこつと土を叩いて枯れ残っている草を啄んでいる姿は愛らしい。  サラギはどう感じているのかと横目で見てみると、真顔で鶏を見下ろしていた。その顔に浮かんでいるのは好奇心だろうか。 「これはいつ卵を産む?」 「さあ、それは分かりませんけど。大事にしていたら毎日一つは産むみたいですよ?」 「餌は」 「草でいいみたいですけど、昼間は放し飼いでどうでしょうね、夜は小屋に入れて他の獣達から守った方がいいとは思いますけど」  この島の肉食獣はあまりこの洞窟に近寄らないが、鶏という良い獲物があれば別だろう。 「貴様、結界は張れないのか?」 「私の結界は魔物を避けるものなので、動物には効かないんです」 「存外、貴様は使えん」 「悪かったですね」  いつものやりとりのあと、サラギが小さく笑う。穏やかな笑みを見てキースも微笑みながら胸にしみる静かな感慨を大事に抱いた。それと同時に不安になる。  ――私はこんな幸福を抱いていいのか?  矛盾だらけだと思う。サラギと生きていきたいと確かに思ったのに、そのことに罪悪感を抱いている。幸せを感じると怖くなる。ただサラギを愛した、そのことがキースをいつまでも苛むけれど、同時に他では得られない充足をくれる。愛とはこうも苦しいものなのだろうか。幸福の恩恵だけを感じたいのにそうできないのは何故なのか。  ――本当、サラギのいうように私は面倒だな。 「キース、鶏は逃げないのか?」 「え? ああ、しばらく見張ってくださいね」

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