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キース
どれほどの時間が過ぎたか分からないが、やがて魔法使いがそっと口を開く。
「キースはな、お前を倒す為に育てられた。勇者とする為に父親からしっかり育てられたんだ。勇者の心得を知っているか。人の為、世の為、常にそれが他の全てより優先する」
「正義だとか平和だとかではないのか」
「それは結果だ。人間の為に戦ってお前を倒したから正義であり平和を得た。まあ、そんなこんなで、あいつは常に自分をおろそかにする癖がある」
まあそうだろう、とサラギは頷いた。キースは自分をおろそかにする、それも無自覚にだ。
「執着のなさは私のところに来た頃からだよ。それがあんまりだったから直させようとしたんだけどな。私にできたのは服装にこだわらせることくらいだ」
「ああ、だからあんなに服が好きなのか」
「服が好き? あれで普通くらいだろう。困ったやつだよ本当に。唯一、本気で執着したのがお前ときている。趣味が悪いったらない」
育て方を間違った、と忌々しげに吐き出す魔法使いだったが、サラギは落ち着かない気分になってしまった。様子を伺うように魔法使いがやたら見つめてくるのも気になる。
まあこれでキースの異質さの理由は分かった。あれはしみついた性質で、きっと直らないのだ。だったらいちいちその度に苛立っても仕方がないのだろう。
これで魔法使いに用はない。
「早く帰れ」
「おいおい随分勝手だな。まだ鶏の名も聞いてないのに」
「キサマが付けろ」
「断る。それにしても、お前、愛が分かったのか? 随分とキースのことを大事にしているように見えるが」
大事にしているという自覚もなければ、愛などまるで分からない。何が魔法使いにそう思わせたのか分からず、サラギは目を細める。それを見て笑い声を上げた魔法使いが前髪をかきあげながら言う。
「お前はいつもキースのことばかり想っている。そうやって誰かを思いやる気持ちは愛に通じるものだろう。どんどん人間らしくなっていくじゃないか。結構なことだ」
魔法使いはそう言うとサラギに微笑んでから、右手に鳩を呼びだす。何なのだと眉を顰めるサラギに向けて鳩を放つと、鳩はサラギの胸元に飛び込んだ。鳩の当たる感触はないが姿は消えている。
「これは私に連絡を取れる魔法鳩だ。用事があれば私に向けて放つがいい」
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