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キース

 それだけ言い捨てると、魔法使いはあとかたもなく姿を消した。残されたのは一陣の風と鶏の鳴き声だけだった。  サラギは拳を握る。  聞き逃せない言葉があった。  ――俺が人間らしい、だと?  キースを選んだときに魔王であることも魔族であることも捨てたし、それでいいと思っていた。  けれどそれを指摘されて初めて、それがどういうことなのか今更ながらに思い知った気がするのだ。  人間など脆弱で愚かな生き物だと今でも思っている。そのどうしようもない存在に成り下がっているとでもいうのか。  不意に、キースの言葉が思い出された。 『元勇者の矜持です』   今ならその意味が少しばかり分かる。サラギにも元魔王の自負というものがある。魔王でなく魔族でなくとも己という唯一の存在であればそれでよかったものを、言うにことかいて人間に成り下がるなどとても耐えきれそうにない。それもこれも。  ――キース、貴様のせいだ。  湧き上がる感情が何なのか分からないまま、サラギは怒りに震える。思えば「らしくない」ことばかり繰り返してはいなかったか。それに何の不満も疑問もなかったことがすでに兆候だったのか。 「俺は人間などではない」  ――キースが俺を人間にしているのか。  訳の分からないまま、ぞくりと震える。恐怖しているというのか、この俺が、そう思った瞬間だった。風が揺れ、キースが姿を現す。怒って出かけたはずなのに、サラギを見てそっと笑う顔に、怒りをぶつけてやりたいと思った。

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