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衝動と答え

 キースの感情が少し分かるようになったのは便利だと思っていたが、サラギは今初めてそのことを後悔していた。キースは傷ついている、そんなこと分からなければよかった。この暗い目をさせているのは、他でもない己なのだ。  そのことが、酷くサラギを傷つけた。  ――どうして上手くいかない?  ただキースが欲しくて命を永らえて、それだけで満たされたはずなのに、今はどうしてこれで満たされないのか。 「もう、こんな風にはせん」  なんとかそれだけを絞り出してもう一度キースを抱き寄せると、キースの手が背中に回る。 「本当に、何があったんですか」 「――魔法使いが来た」 「またマリーが?」 「俺が人間らしくなっていると言われた」 「それで落ち込んでたんですか? 八つ当たりされたんですね、私」  そう、かもしれない。もう考えるのに疲れてサラギは黙っていると、キースの心地よい笑い声が耳を撫でる。 「貴方が人間らしいなんて、そんな訳ないでしょう」 「じゃあ、何だ? 魔王でもなく魔族でもなく人間でもなく」 「貴方は貴方ですよ、サラギ」  ただそれだけの言葉で全ての思考がぱんと途切れた。らしくなく考え込んでいたのだと今更気付く。そしてそれに気付かせるのは、いつだってキースなのだということも。  ――失いたくない。  欲しいだけでなく、失いたくない、なのだ。  生き永らえたこの命の意義を、ようやく知る。  キースがいるからだ。キースが欲しいからだ。ただ、キースを欲してこの手に抱いて、それから ――失いたくないのだ。人間の為ならば、ともすれば簡単に命すら投げ捨てるようなこの男を失いたくない。その為にサラギは生きている。 「キース。悪かったな」  魔王になってから謝罪など口にしたことはない。ましてや人間相手に。けれど、キースの暗い目を打ち消すには、これしかないのだろうと分かってしまった。失わない為にすべきことはこれだと思ったのだ。  魔王の腕の中にいるキースが目を見開いてサラギを見上げている。 「貴方、今――いえ、大丈夫ですから。気にしないで」  微笑みを携えたキースの目から暗い光が消えたのだから、この選択は正しかったのだろう。  言い知れぬ安堵を感じながら、サラギはもう一度強く、キースを抱きしめた。

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