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第20話
朝。会社に出社すると小林はいつものように自分のデスクで仕事をこなしていた。
晴れて恋人になった俺たちの日常は特に大きくは変わらなかった。ただ少し変わったのは小林が俺を呼ぶ時、名前で呼ぶようになった。ただそれだけのことだが、俺にとって案外大きく変わった事だった。
「涼太さん。おはようございます。この資料の確認お願いします。」
「おはよう。そこに置いておいてくれ。」
ただ。俺と小林の小さな変化に気付く人はいて、
たなゆいさんからは「暁くん達、そんなに仲良かったのね。」と言われた。正直。たなゆいさんや、佐々木には俺たちの関係を話しても受け入れてくれると思う。
それは置いておいてもカミングアウトについては小林とは話し合いたい。しかし。小林と恋仲になったが、付き合った日から恋人の様な事はあまりしていない。気恥しさかどうしても勝ってしまい、キスやハグといったものが出来ていない。
そんなの、少し前の俺では考えることが出来ないと思う。それこそ、皐月や祐太が知ったら転げ笑うだろうな。
「暁~。この書類って今、修正できる?」
佐々木はそう言いながら書類を片手に俺のデスクへやってきた。
「見せて?あぁー。ここね。元の情報が間違ってたのか。」
「そうなんだよ。俺これから会議があるから任せても良いか?」
佐々木が切羽詰まった顔でそう言う。俺は仕方なく引き受けようと書類を受け取り掛けると、横から手が伸びてきて書類をさらって行った。
その手の主は小林だった。
「佐々木さん。涼太さん忙しそうなので、この書類は俺がやります。それに会議、もうすぐ始まりますよ?行かなくて良いんですか…?」
小林が捲し立てるように言う。
「お、じゃあ任せるな…。ってヤバい。ホントだ俺もう行くな…!」
「お、おう。」
佐々木は書類を小林に任せ、会議へ走っていった。
「全く。涼太さんは手一杯なら断る事をして下さい。」
「…分かってるよ。ほら、コレ確認出来たから。」
そう言って確認した書類を小林に返す。
俺が意外と仕事を早く終わらせた為、少し驚愕した表情を浮かべてその書類を受け取った。
「あ、ありがとうございます。じゃあまた。」
「うん。」
こんな風にあまり変わらない態度は夜には甘くなることもある。
仕事が終わり俺はいち早く家へ帰る。
家へ帰ると暖かいリビングで定時に帰った小林が食事を作って待っている。
今日は和食なようで。焼き魚に食欲をそそる香りの味噌汁。湯気のたった艶々の白米に、ひじきと沢山の野菜の煮物がダイニングテーブルに並んでいた。
「おかえりなさい。涼太さん。」
「ただいま。」
「先、食べますか…?」
俺のジャケットをハンガーに掛けながら聞いてくる小林。その光景に夫婦のようだなと心の中で笑った。
「小林。」
「なんですか…?」
「ちょっと話したいことがある。先、風呂入って来るから。夕飯食いながらはなそ。」
「は、はい。じゃあ待っていますね。」
少し困惑する小林に大丈夫だと笑いかけ風呂場へ向かった。
俺は湯船に浸かりながら悩んでいた。俺の家族についての事を。正直なところ俺は家族とは殆ど他人の様な関係になってしまっている。
だからこそ小林には知っておいて欲しいし、味方になって欲しいとも思う。
うだうだと1人で悩んでいても拉致があかないと思い俺は顔を洗った。
◇◆◇◆◇
「うわ…美味い。お前料理って何処で覚えたの…?」
小林の作った煮物を食べながら聞いた。
しかし小林は凄く真面目な顔で「適当にやってます」と答えてきた。こんな美味い料理が適当に作れるなら、俺の作る料理は何だ?
そんな事を思いつつ俺はゆっくりと本題に入っていった。
「なぁ。小林、俺ずっと言おうと思ってた事何だけどさ。」
「…はい。」
小林は箸を置いて俺の顔をじっと見つめた。俺も箸を置き次の言葉を探す。
「俺。家族と殆ど絶縁してんだよね。」
「…理由を聞いてもいいですか。」
小林は恐る恐る聞いてくる。真剣な表情のコイツは嫌いじゃない。
「うん。俺の家族は何処にでもいる普通の家族だったんだ。
だけど、俺が自分の性について母親にカミングアウトしてから、家族が壊れていった。元々、精神的に繊細な母親がさ、俺がゲイだって知ったら「信じられない」ってヒステリック起こすようになってしまって。少しでも男友達と遊びに行くような事を言うとよく叫んだり物を壊したりしてた。
それから母親の鬱が分かって、親父と話をしたんだ。その時に、親父に「涼太がこの家にいる限り母さんの鬱は酷くなるばかりだ。だから、もうこの家に関わらないでくれ。」って言われた。
正直さ俺何も言い返せなかった。それが今考えると悔しいし、狡いよな。理解してもらう努力もしないで逃げるように一人暮らし始めたし。」
俺は自嘲気味に笑った。そして、ふと小林の顔を見ると複雑な顔をしていた。
俺にかける言葉を探しているようだった。
「…涼太さん。兄弟はいるんですか?」
「兄弟…?うん。妹が1人いるよ。まぁでも、カミングアウトした日から一言も話してないけどな。」
「そうですか…。」
やっぱりまだ話さない方が良かったのかもしれない。少し後悔し始めていると小林が口を開いた。
「好きです。涼太さん。…愛してます。」
「…え?どうしたんだ急に。」
突然、好きですと伝えてくる小林に戸惑っていると小林が小さく笑った。
「…俺は絶対に離れませんから。だから、そんな悲しそうな顔しないでください。」
「…ありがとう。俺も好きだよ。」
小林は俺の些細な変化によく気付いてくれる。たまに心を覗かれているような気分にもなる程に。
「…もし、嫌じゃ無ければ。親父さんにでも連絡を入れてみませんか?少しでも互いの状況が分かっていれば、いざという時に孤独にはなりませんから。」
腫れ物を扱う様に優しく包み込む小林に俺はいつも助けられている。
「…分かった。でも、まだ待ってくれ。自分の考えを纏めてみるから。」
「はい。」
優しく微笑んで小林は食事を再開した。
まだ言えない。そんな社会じゃない。激しい雨があるように静かな雨だってある。それぞれの違いを完全に認め合う事は出来ないかもしれない。だけど、理解する事は出来るはずだ。
少しづつ。一歩づつ。
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