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第21話

珍しく定時で上がれた日。俺は小林との事の報告も兼ねてmomoへ向かった。 今までなんとも思わなかったmomoへの行き道も、何処か色鮮やかに見えた。なんか……単純だな俺。 「…いらっしゃいませ。」 いつもの様に少し重たい扉を開けて中に入るとマスターがグラスを拭きながら声をかけてくれた。 「マスター久しぶり。ウイスキーロックね。」 「かしこまりました。」 店内には誰もおらず、俺の好きな空間となっていた。 「お待たせしました。ウイスキーのロックです。」 「ありがとう。」 俺はそれを1口飲む。喉が焼けるような久しぶりの感覚に俺は身をすくめた。そんな俺を見てマスターは微笑んでいる。優しいこの人は、もう察してくれているだろうが、報告はしなくてはいけない。蓮と付き合っている時からの大事な人だから。 「マスター。俺さ恋人が出来たんだよね。」 そう言うとマスターはやっている事を一旦やめて俺の話を聞く体制をとった。 「…この前連れてきた男なんだけどさ。マスターには俺が、蓮と付き合ってる時から見守ってくれてたから報告しにきたんだ。」 「そうですか……。おめでとうございます。」 マスターは目元に皺を寄せ人柄良く笑う。そして普段は無口なマスターが珍しく自分から口を開いてきた。 「蓮の事があった涼太は口では大丈夫と言っていたけれど。この店に来る度に何処か悲しそうでした。だから、この前。彼と|momo《この場所》に来た日、貴方の中で止まっていた時間が動き出した気がしました。」 そんな事を思ってくれていたなんて。俺は今、その言葉を聞いて力が抜けた。どうやら無意識のうちに緊張していたらしい。それでも、この人に報告して良かったと感じるのはやっぱり、ずっと見守ってきたくれたからだろうか。 「なぁに、二人で楽しそうに話してるの…?」 俺が一人で感傷に浸っていると突然、後ろから抱きつかれた。振り向くと桃瀬が抱きついていたようだった。 相変らず綺麗な顔をしている桃瀬は外が寒かったのか頬が赤くなっていた。 俺は桃瀬にマスターに報告したことをそのまま話した。 俺の話を桃瀬は無表情で聞いていた。 その表情は泣いているようにも、少し残念そうに微笑んでいるようにも見えた。これでも桃瀬は俺を本気で好いていてくれていたのかもしれない。桃瀬の気持ちが読み取れない程に今、桃瀬は笑顔ではなかった。 「なぁんだ……!取られちゃったか。でもまあ。おめでとう。涼太が幸せならいいよ。」 「あ、あぁ」 穏やかな声色でそう静かに祝福してくれた桃瀬に、俺は少し同様してしまった。 そんなこんなで話をしていると、俺の携帯に電話が掛かってきた。相手は小林だった。 「あ。」 「彼氏くんみたいだね。さぁ、お祝いにここは奢るから、早く帰ってやりなよ。」 桃瀬にそう言われ俺はmomoから帰ることにした。 「じゃあ。また。ありがとうマスター。」 「はい。ありがとうございました。」 暁が帰った後のmomoでは、桃瀬とマスターが残っていた。 「マスター。今日はお店これで締めちゃおうか。」 「いいんですか……?」 桃瀬はマスターの問いにうなずいて見せた。 その表情は何処か陰りを帯びて、涙をはらんでいた。 「うん。いいよ今日は。それよりも、僕の失恋記念日に付き合ってよ。」 「……わかりました。」 そう言って桃瀬はマスターにおまかせで酒のオーダーをする。  マスターが作り始めたのはカクテルだった。桃瀬はカクテルを頼むことはあまりないが、珍しくカクテルを入れてくれるマスターに好きにさせた。 「どうぞ。これは私からのプレゼントという事で。」 出されたものはジンの中にライムの入った『ジンライム』というカクテルだった。 「ジンライムか……。久しぶりに飲むな。」 桃瀬は一口のみ、溢れ出てくる涙をのんだ。 そんな桃瀬をマスターは穏やかに宥める。そのカクテルにこめられた思いはいつも変わらずにmomoでマスターと共にあり続ける。その心が彼に届くまであとどのくらいだろうか。

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