3 / 18

第3話 涙ではないもの

「なあミチル、Dは殺せないが、動きを封じることは可能だ。幽霊みたいに実体がないわけじゃないからな」  アサトはちらりとキッチンの隅に置かれた冷蔵庫に目をやった。ここには電気が来ている。太陽光発電が奇跡的にまだ稼働しているようなのだ。給料も貰えないだろうに、誰かがメンテナンスをしているのだろうか。  それでも潤沢なエネルギーが用意されているわけではない。冷蔵庫には残された食料が冷凍保存されていたが、電気の供給が断たれるのが先か、食料が尽きるのが先か……考えたくはない。  アサトはその冷蔵庫の扉を開けて、中から無造作に何かを取り出した。スイカほどの大きさだ。あんなものが入っていただろうか。 「──わあっ!」 「わはは驚いたか。可愛いなあミチルは」 「……ア……サト……なんてものを」  アサトが手にしているもの、それは……生首だった。  目隠しをされ、半透明のビニール袋に入れられているそれは、なんだか現実離れしていてマネキンの頭部のようにも思える。   ──とても美しい、生首。  体が存在しないのもあって、それは男とも女とも取れる見た目をしていた。そして単なる屍とするには、奇妙なまでに体裁が整っている。薄く結ばれた唇は今にも喋り出しそうに見えた。  これは、D。  人類の天敵だ。 「これは俺が以前バラした、Dの一人だ。首から下があると、動き回られて厄介なんでな」 「なんでこんな……冷蔵庫に……! 昨日はなかった」  信じられないことをする男だ。予想だにしていなかった事態に心拍数が上がる。胃から酸っぱいものが上がってくる感覚を覚え、僕は咄嗟に自分の口元を抑えた。アサトはいたずらっぽい笑みを見せると、僕からDの首を遠ざけた。 「今まで冷凍庫の奥にしまっておいたんだが、思うところあって解凍してみた。Dが恐ろしい存在であることは否定しない。だがよ、魅力的であることも否定は出来ないだろう。ただ天敵と一括りにしちまうには惜しい……ほれ、目隠しを取ってやろうか」  アサトはビニール袋からそれを取り出し、目隠しをほどいた。  すると生首は、体がないにも関わらずうっすら目を開けたではないか。解凍されたばかりだからか、睫毛にまとわりついた水分が涙のように頬を伝った。  Dの目がきょろりと動き、僕の目と合う。どきりとした。瞳と髪は闇のように黒かったが、肌の色素は薄い。白と黒とその中間色しかわからない僕にも、非常にわかりやすい配色だ。  Dにも性別はあるのだろうか。アサトに聞けばわかるのだろうが、聞きたくなかった。  僕に向かってDが薄い唇を開き、何か言葉を発しようとした。しかし声帯がうまく動作しないのか、それは声にならない。 「こんにちは、だとよ」  アサトは何故か感情を殺した声で、喋れないDの代わりに挨拶をした。

ともだちにシェアしよう!