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夏_第3話

そして、とうとう…土曜日を迎えた。 僕は、お母さんの言いつけ通り、足の毛も、腋毛も、腕の毛も、顔の毛も、全て剃った…。 そして、いつキスしても良い様に…リップクリームをズボンのポケットに入れた。 「はぁ~~~~っ!春ちゃぁ~~~ん!良い?手は繋げ!手だけは…絶対に繋げ!そして、門限は…9時よ!それ以上は、駄目!お泊りなんて…絶対、駄目!」 そんな気合の入ったお母さんの声に背中を押されて、僕は家を出た。 お泊りなんてしない…だって、僕は、男だ… 夜道を歩いていたって、ヤンキーぐらいにしか絡まれない。 お母さんの買って来てくれた服は、いつもより…僕を少しだけ大人っぽく見せた。 白いズボンに…ピンクの大きなシャツ。そして…麦わらのカンカン帽だ。 背中にしょった黒いリュックは、僕の誕生日にちいちゃんがくれた物。 そんな物をお守り代わりに持ってくるなんて…僕は…本当に… はぁ… 「春ちゃん。」 そんな声に顔を上げた僕は、目の前の彼を見て、満面の笑顔で言った。 「まるちゃぁん!」 彼は、10分前行動の僕よりも先に待ち合わせ場所に着いていた。 デレデレになった顔を気にもしない僕は、私服姿のまるちゃんを下から上へと舐める様に見て言った。 「はぁ~~!カッコいい!!」 困った様に眉を下げたまるちゃんは、僕のカンカン帽を指で弾いて笑って言った。 「可愛いね…」 ズッキュ~~~~~ン! あぁ…神様!神様!! カンカン帽を作ってくれて…ありがとう!! 顔を真っ赤にした僕は、ぎこちなく歩きながら、まるちゃんと一緒に改札へ向かった。 ど、どどどどどどどどど…どうしよう… 可愛いねって言われただけで、僕は発作を起こして…死にそうだ。 まだ、宴は始まったばかり…こんな調子では、命がいくつあっても…耐えられそうにないよっ! 郊外へ向かう電車は人もまばらで、僕とまるちゃんは並んで座る事が出来た。 自分の腕に触れるまるちゃんの体の温かさが、僕の胸の鼓動をどんどん早めて行って、彼が体を動かす度に、意味も無く顔を見上げた。 ねえ、楽しい…? 僕と居て、楽しい…? 「…でね、南條くんが凄かったんだぁ…!」 南條くんの戦艦プラモデルの話をした僕に、まるちゃんは目じりを下げてこう言った。 「わぁ…意外だね。あの人は、いつも、たくあんを食べてる印象しかなかったのに…」 ふふ…そうなんだ。 僕も盲点だった。 まさか、彼があんな猛者だったなんて… まるちゃんを見つめて微笑んだ僕は、カンカン帽を膝の上に置いて、彼の腕にもたれかかった。そして、ブラブラと揺れる吊革を見つめながら言った。 「レジンを大量に使って、海を作るんだ…」 「大がかりだね…」 「その前に、アトランティスを作る。発泡スチロールを削って…表面に白い砂を吹き付けるんだ!宝箱を置いても面白いかもしれない…サンゴ礁からはウツボが顔を覗かせて、トレジャーハンターを狙ってるんだ。」 「ふふ…それは、面白そうだ…」 こんな僕のつまらない話を、笑って聞いてくれる…ツーブロックで陽キャの、手先が器用な…君が、大好き。 僕は、瞳を細めて僕を見下ろすまるちゃんに言った。 「ね、まるちゃんも何か作る?そうだぁ、たぁくんがこの前作ったさぁ…ストロー人間を街の中に置いてみようか…?僕がその周りに…驚いた顔をする人を作って空間を彩ってあげる。それを見つけたら…きっと、たぁくんは喜ぶよ…?ふふっ!」 「春ちゃんを置いて…?」 へ? 僕のカンカン帽を手に持ったまるちゃんは、首を傾げる僕を見つめながら、両手に挟んだ帽子をクルクルと回して言った。 「俺が、すぐ見つけるから。春ちゃんをフィギュアで作って…ジオラマのどこかに置いてよ。」 ズッキュ~~~~~ン!! 「だ、だぁめぇん!そぉんなぁん!」 「なぁんで!はっはっは!」 顔を真っ赤にした僕は、ケラケラ笑うまるちゃんの腕をバシバシ叩きながら悶絶した。 ヤバい… まるちゃんのパワーワードの破壊力が、僕の想定を超えてる… まだ遊園地に付いてないのに、僕は既に興奮してる。 そう…ひどく、興奮してるんだ! 電車をいくつか乗り換えた僕たちは…11時過ぎに遊園地へとたどり着いた。 遊園地… それは、家族連れが訪れる場所…そして、カップルがデートに訪れる場所だ。 ふたり掛けのシートに溢れた…いわば強制的に密着する空間を作りだす…空間の魔術師の様な、ファンタスティックな場所。 数々の猛者たちの血と汗と涙が染みついている…アベックの聖地だ。 よし…やるぞ… 僕は…まるちゃんが乗りたいって言ったら、ジェットコースターに泣かないで乗ろうと決心を付けて、今日…この時まで、イメージトレーニングを続けていた。 絶対に…君をガッカリさせたりしない… そんな思いを抱きながら、隣を歩くまるちゃんに気付かれない様に、丹田に気合を入れて僕は遊園地の門をくぐった。 「春ちゃん、何に乗りたい…?」 来た… 「ぎゃ~~~~~~~!」 まるちゃんに返答をためらう僕の頭の上を、ジェットコースターに乗った人の叫び声が通り過ぎて行った… 「ジェ…ジェットコースター…かな?」 首を傾げた僕は、遠くの観覧車を見つめながらまるちゃんにそう言った。すると、彼はクスクス笑って、僕に手を差し出して言った。 「ふふ…そっか…じゃ、一度どんな乗り物があるのか…見て回ろう?」 ホッ… 「う、うん!」 僕は、まるちゃんの手を迷う事無く握って、笑顔でそう答えた。 大きな手… この手は、たぁくんを抱っこして…バスケットをする。そして…陣内くんの作った難解なロボットのパーツを見事に組み立てる事の出来る…素敵な手なんだ。 「ま、まるちゃんの手が好き!」 極まった僕は、思わず、彼を見上げてそう言った。すると、まるちゃんは目じりを下げて、首を傾げてこう聞いて来た。 「手…だけ?」 ズッキュ~~~~~ン!! 「んな訳、無いやろが~~~い!僕は、まるちゃんの全部が大好きなんだぁ!」 人目も憚らず、僕は…ハッスルしてそう言った… ここには、伊集院くんも、陣内くんも…ちいちゃんも居ない。 つまり、ハッスルする僕を止めてくれる人が誰も居ないんだ。 理性を失った僕は、両手で抱き付いたまるちゃんにスリスリと何度も頬ずりして、必死に自分の匂いを擦り付け始めた。 そんな僕を見た家族連れが、子供を遠くに避けて進んでも…カップルがヒソヒソ話をして通り過ぎて行っても…僕は止まらなかった。 「ふはは!春ちゃんは、本当…可愛らしいね?」 ケラケラ笑ってそう言ったまるちゃんの笑顔と、言葉を聞いた僕は、ハッスルを通り越して…すっかり、ドロドロに惚けて、大人しくなった。 僕は、そっとまるちゃんを解放した。そして、彼の手を再び握り直して一緒に歩き始めた。 恋は人をおかしくする…そして、興奮を通り越した人は…首から上が熱くなって…何も考えられなくなるみたいだ…。 ただ、繋いだ手だけが…僕の目に映って、自分の隣に君がいる事を教えてくれた。 「これなら、乗れそう…?」 楽しそうな子供の笑い声が聞こえるアトラクション前で、まるちゃんは首を傾げて僕を見下ろした。 すぐに僕は、彼の指さした空を飛ぶ象を見つめて、首を傾げて言った。 「…乗れそう。」 ギリギリ…セーフだ… 彼と一緒に水色の象に座った僕は、安全ベルトを硬く結んで、ガチガチに体を強張らせた。すると、まるちゃんは、僕の頭からカンカン帽を取って、膝に置きながら僕の手を握ってくれた。 そして、僕の顔を覗き込みながら、優しく微笑んで言ってくれた。 「春ちゃん、怖くないよ…?」 あぁ…神様…この瞬間を僕にくれて、ありがとう…!! 「うん…。僕、こ、怖くないよぉ…ははは!」 ブザーが鳴って、象が高くまで上がって行くと、僕の金の玉がヒュンと縮み上がった。すると、まるちゃんは自分で操作出来るレバーを使って、一番低い位置まで象を下ろしてくれた。 優しい…どえりゃあ、優しい男だ… 「まるちゃん…ありがとう…」 僕が俯いてそう言うと、まるちゃんはにっこり笑って繋いだ手を優しく揺らした。 子供用の乗り物のせいか…密着する範囲が多いね? 僕は、すっかり君の体温に当てられて…頭の中がぼーっとしてしまった。 まるで服を着ていないみたいに…君の体温が僕の体に伝わって来るんだ。 神様…象の乗り物を作ってくれて、ありがとうございます…。 お陰で、僕は、天国に近い…まるちゃんの傍で、既に、死にかけてる! 胸の動悸は治まる所か、高い位置をキープしたまま、心臓を強く跳ねさせているんだ。 「…まるちゃん、何食べる?」 「ん~…焼きそば…」 「じゃあ…僕は、ラーメンにしよ~…」 いくつかの子供用アトラクションを楽しんだ僕たちは、お昼ご飯を取りにフードコートにやって来た。隣でお店の看板を見上げるまるちゃんは、すっかり僕に慣れた様子で、自然体の姿を見せてくれる。 僕と君…年齢はひとつだけ君の方が下だけど、こうしてふたりで遊ぶと、そんな事忘れてしまうよ。 そんな風に感じてるのは、僕だけじゃないだろ…? まるちゃん… 「…焼きそばには、紅ショウガだと思ってた。」 そんな僕の言葉に首を傾げたまるちゃんは、ニヤニヤ笑いながら、意気揚々と焼きそばに黒コショウを掛けて言った。 「美味しいんだよ?ほら、食べてごらんよ。」 ぐふっ! 首を傾げたまるちゃんが、箸に掴んで差し出して来た焼きそばを見つめた僕は、惚けた頭を瞬時に奮い起こして、思いきり口を開いて食らい付いて行った。 「んがぁっ!」 「うおっ!」 驚いたまるちゃんが体を退いても、僕は彼の箸に食らい付いて、思う存分、箸の先の焼きそばを啜って食べた。 ほほ~!お恵みじゃあ!お恵みじゃあ! 「ぐほっ!か、辛い…!ごほっ!ごほっ!」 ガッツくのは…僕の悪い癖の様だ。 黒コショウの沢山乗った焼きそばが、辛くない訳がなかった… 我を忘れた僕は、そんな簡単な事すら分からなくなってしまったみたいだ。 まるちゃんは慌てた様子で、僕の背中をさすってお水を口に運んでくれた。そして、眉毛を一気に下に下げて、申し訳なさそうにこう言った。 「ごめん、忘れてた…。春ちゃん、俺、激辛好きだった…」 な、なぁんだって?! 新しく…君の情報を更新したよ、まるちゃん。 右手の親指にほくろがあって、手先が器用で、ツーブロック…そして、たぁくんという年の離れた弟がいて、激辛が好き… 謝るのが当然な程に、まるちゃんが僕に勧めた焼きそばは、殺人級の辛さを極めていた。 「ん、ごほ…ごほ!まるちゃぁん…激辛だよ…!こんなの食べれるなんて、舌が死んでる!」 「ぷっ!ははっ!あっはっはっは!」 顔を真っ赤にして大笑いするまるちゃんを見つめた僕は、咳き込んで流れた涙を拭いながらクスクス笑って言った。 「じゃあ…今度、蒙古タンメンを食べに行こうか?」 「良いね…ふふ。でも、春ちゃんは食べきれないだろうね…」 意地悪にそう言って笑ったまるちゃんは、あの激辛の焼きそばをケロリと啜って食べて見せた。そんな様子に僕は目を丸くして、頬を膨らませてこう言った。 「食べれる~!」 「どうかな…」 「ん、食べれる~!」 あぁ…ふふ、めっちゃ、楽しい! 恋は人をおかしくする…そして、それは、いつまでも続く様だ… まるちゃん… 君に出会ってからずいぶん経ったし、それなりに僕たちは仲良くなって来たよね。 それなのに、僕は、未だに君に胸を撃ち抜かれ続けてる… 君の可愛い笑顔を見ると、僕は天にも昇る様な幸せを感じてしまうんだ。 そして、居るのかも分からない…どこかの神様に、トンチンカンな祈りを捧げてしまう。 ねえ…ちいちゃん 君も…柏木さんにこんな気持ちになるの…? 今までの彼女にも…こんなメロメロな気持ちを抱いて来たの? まるちゃんと繋ぐ手が、とっても心地良いんだ。 「ほんとに…?」 「うん!僕は…乗れる!」 この子と一緒に居ると、僕は少しだけ強くなれる… だって、あんなに怖がっていたジェットコースターに乗る事が出来たんだよ? …凄いだろ? あの、僕が…ジェットコースターに乗ったんだ。 それは、生まれて初めての恐怖だった。 でも、隣にまるちゃんがいてくれたから…僕は、いつもより…少しだけ強くなれた。 ちいちゃん、君も…そうなの…? 柏木さんと居ると、君も…強くなれるの…? 「はぁはぁ…はぁはぁ…!!」 僕はヨレヨレになりながらジェットコースターの降り口を逃げる様に駆け降りた。そんな僕の後ろを、大笑いしながらまるちゃんが付いて来て、僕に笑顔でこう言ってくれた。 「ふっははは!頑張ったね?春ちゃん!んふふふ!」 あのばっきゃろのジェットコースターは…普通の恐怖マシンじゃない。なんと、僕を乗せて…1回転したんだ…! 信じられない! 「…ま、ま、まるちゃぁん!僕は…僕は、ジェットコースターを克服したぁ!」 ゲラゲラ大笑いするまるちゃんに息も絶え絶えにそう言った僕は、大好きな彼にしがみ付いて頬をスリスリさせた。 これがあるから…頑張れたんだ。 まるちゃん、君がいてくれたから…僕は、少しだけ強くなれた。 あんなやさぐれた怖い3年生にも立ち向かえたし、見たくない、ちいちゃんの居る体育館にも行けた。 もっと、遡って言えば…君が、僕の目の前で陣内くんのロボットを組み上げた時から…僕は、強くなれていた。 だって、君を探す為に…僕は、慣れない勧誘活動に精を出したんだ。 全て…君がいてくれたから、出来た事。 全て…君がいてくれたから、変われた事。 「最後に観覧車に乗ろうか…?春ちゃん。」 「うん、乗る~!」 僕は、まるちゃんと一緒に紫色の観覧車に乗った。 あんなに楽しそうに笑っていた子供たちは、まだ帰りたくないと所々で泣いては親を困らせている。そんなのお構いなしに空は茜色に染まって、家路を急ぐ眼下の人たちを赤く染めていた。 「わぁ…まるちゃん。見てごらん?人がゴミの様だよ?」 「ふふっ!きっと、ラピュータの雷が落ちるよ。」 「あ~はっはっはっは!!」 こんなニッチな会話、君と出来ると思わなかった。 やっぱり、君は、オタクの魂を持った…陽キャなんだ。 「ねえ、春ちゃん…?」 「なあに?」 僕たちの乗った観覧車がてっぺんに届く頃、まるちゃんは僕の顔を覗き込みながら首を傾げて聞いて来た。 「千秋先輩とは、どんな関係なの?」 「ん?ちいちゃんは…僕の家の隣に住んでる。赤ちゃんの頃からお隣同士だ。」 まるちゃんの顔を見つめてそう答えた僕は、肩をすくめて、こう付け足した。 「でも…この前、とても怒らせてしまった。彼は、僕の顔を見たくなくなったそうだ。」 その瞬間、まるちゃんの眉がピクリと動いて、僕を上目遣いに伺って見つめた。そんな彼の視線を見つめ返した僕は、視線を窓の外に向けて言った。 「…お前の顔なんて見たくない。目の前から消えろ…。初めにそう言ったのは、僕だ。ほら、彼は人気者だからさ、そんな彼と仲良くなりたい人は、いつも必ずおまけの様に付いてまわる僕の存在が、嫌だったんだ。だから、しょっちゅう嫌がらせをされて、とても、嫌な思いをした。」 「だから、この前…あんなに泣いていたの…?」 声を落としたまるちゃんを横目に見た僕は、眉を顰めた彼を見つめてにっこり微笑んで言った。 「あれは…僕の早とちりだった…。重なったんだ。昔された嫌がらせに…。でも、蓋を開けてみれば…今回の嫌がらせは、まるちゃんにちょっかいを出した真理ちゃんの仕業だった。」 「ねえ、春ちゃん。どうして…千秋先輩の取り巻きには、あんな風にバットを持って立ち向かわなかったんだろうね…?ふふ…あの時の春ちゃんは、めちゃくちゃ格好良かったのに。」 そんなまるちゃんの言葉に顔を真っ赤にした僕は、もじもじしながら言った。 「え、え~…カッコよかったのぉ~!も~!も、も~!」 ま、まるちゃんに…カッコ良いだなんて…褒められたぁ… 僕は、デレデレと鼻の下を伸ばして、目の前で首を傾げるまるちゃんを見つめた。すると、彼は口元を緩めて、僕にこう言った。 「…千秋先輩の時は、怒る前に…とっても傷付いちゃったのかもしれないね…?」 あぁ…そうなのかな… 思わずクスクス笑った僕は、首を傾げて僕を見つめるまるちゃんに瞳を細めて言った。 「そうだよ…まるちゃん。僕は、彼の傍にいると、無駄に傷付くんだ。だから、ずっと…ちいちゃんから離れたかった。」 ずっと傍に居てくれると思っていたのに…僕を置いて行った。 女の子とキスして、笑って、楽しそうに…こんなデートを繰り返して、やる事を済ませて、何も失う事無く、僕の隣に戻って来て…しらじらしく、笑いかけて来る… 「僕は、彼が、大嫌いなんだ…」 そう呟いた僕の頬を撫でたまるちゃんは、そっと僕の唇にキスをした。 ボッ…! あわ…あわあわあわあわ… 「あ…あわあわ…」 顎が外れたみたいに口をガクガクさせた僕は、顔を熱くしながら目を点にした。 そして、目の前のまるちゃんを見つめたまま、おもむろにポケットに入れたリップクリームを取り出して唇に塗って言った。 「キ…キスする?」 「もう、した…」 はぁ~~~~~~!! 顔を赤くするまるちゃんを見つめながら、僕は、彼の唇が触れた自分の唇を舌なめずりして舐めた。 スースーする舌先に、動揺して塗り過ぎたリップクリームが、彼の味を消してしまった気がした。 それが悔しかったのかな… 僕は、身を乗り出して、彼の膝に両手を着いたんだ。そして、まるちゃんの顔を覗き込みながらこう言った。 「…ねえ、まるちゃん…もう一回、しても良い…?」 そんな僕に、まるちゃんは、瞳を細めて首を傾げて言った。 「…良いよ。」 そっと触れて来た、彼の唇は、とっても柔らかかった… 「ぐふっ!」 僕は、雪見大福以上の柔らかさを、人生で初めて、体感してしまった… 「わぁ…楽しかったね。春ちゃん。今度は水族館へ行こうか…」 クラクラになりながら観覧車を下りた僕は、どうやってここまで歩いて来たのかもあいまいだ。 遊園地の出口を出た僕は、さっきの事なんて、何も無かった様に普通に話しかけてくるまるちゃんを見上げて、首を傾げて聞いた。 「ここは…僕の夢の中かな?」 「…?いいや、多分…現実だよ。」 そうか…これは、現実なのか… 来た時と同じ様に電車に揺られながら、来た時よりも少し混雑した電車の中で、隣に立って外を見つめ続けるまるちゃんを横目に見て、心の中で彼に聞いてみた。 まるちゃん…君は、男の僕と、キスをしたよ… それってどういう事なの…? 付き合ってるとか…両想いとか…そう、思っても良いのかな。 それとも、友情の延長で、何となくしたキスだったの…? 誰にでもチュッチュする…外人みたいに。 「春ちゃん、ジオラマの高低差はどのくらい出すの…?」 ふと、まるちゃんが僕を横目に見てそう尋ねて来た。 そんな彼の問いかけに、僕は、首を傾げながら手を動かして教えてあげた。 「2畳分の大きさにするんだ。眼下には海があるから、こう…向こうから勾配を付けて…海まで抉ってく。海抜0を超えて水中まで再現するから、結構勾配はきついよ。150センチは欲しいね…。大変だけど、正面から見たら…きっと、圧巻さ!」 「ふふっ!それは…発泡スチロールで作るの…?とっても、楽しそうだ…」 ニコニコと笑ったまるちゃんがそう言うから、僕はムッと頬を膨らませて言った。 「だぁから、まるちゃんは模型部に入ったら良かったんだぁ!」 「ははは!確かにそうだ!」 そうさ… でも、そうしたら、模型部は壊滅するだろう… 部長の僕が、君に…ぼんくらになってしまうからね。 まるちゃんは僕の家の最寄り駅で、僕と一緒に改札を出た。…彼の家は、学校のある駅にあるのに…だ。 「まるちゃん?一緒に帰るの…?」 僕は、隣を歩いて進むまるちゃんを見上げてそう尋ねた。すると、彼は僕を見下ろしてこう言った。 「…送るんだ。」 ズッキュ~~~~~ン!! 山崎円くん、君は、なんて…男前なんだ!! 何度撃ち抜かれたか分からない胸を蘇生させた僕は、まるちゃんを見上げたままデレデレと鼻の下を伸ばした。そして、彼が差し出した手を握り返して、グデグデに甘ったれて言った。 「やっさしい~!まるちゃぁんってば、やっさしぃ~い!」 まるちゃんは僕をマンションの下まで送ってくれた。 そんな彼の背中が見えなくなるまで、僕は手を振った。 …楽しかった。 デートは、とても…楽しかった。 でも、 まるちゃん、どうして僕にキスしたの…? 僕たちは、どういう関係になったの…? そんなモヤモヤが残った。 そして、陣内君の言った言葉が妙に身に染みた。 自分が思っている事は、言葉にしない限り…相手には通じない。 一理ある… 僕も少しは、大人になった様だ。 マンションに入った僕は、エレベーターに乗って自分の家のある5階まで上がった。そして、外から丸見えの廊下を歩きながら、暗くなった空を見上げてため息をひとつ吐いた。 「…ちょっと、千秋、どこ行くの?!」 そんなお母さんの声と共に、僕の目の前で、ちいちゃんの家の玄関が思いきり開いた。 僕に気付きもしない彼は、玄関から、部屋の奥のお母さんに向かってこう言った。 「うるっせえな…!」 親にパンツを洗って貰ってる癖に…親の作ったご飯をモリモリ食べてる癖に…悪態を吐くなんて馬鹿なクソガキでしかない。 呆れた僕は、彼の思いきり開いた玄関のドアを片手で軽く押さえて、何も言わずにその場を通り過ぎた。 そして、自分の家の鍵を開いて、僕を横目に見るちいちゃんを無視してそのまま家の中へと入った。 …君が、お母さんにそんな悪い言葉を使う奴だと、思わなかった。 軽蔑するよ。 扶養家族の癖に…自分が見えていないなんて、馬鹿なやつ。

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